威徳山金剛寺ニュース

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「金剛頂経を読み解く」

金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経

大広智大興善寺三蔵沙門不空奉詔訳

金剛界大曼陀羅広大儀軌品之一

<序分 (通序)>

このように私は聞いています。この時です。世尊ーーすなわちそれはーーすべての如来たちのダイアモンドのような堅固で永遠に光り輝く(金剛)智慧のエネルギーを注入されて(加持)、とりわけ勝れた様々な悟りの境地をみなことごとく満たし、すべての如来たちに智水を灌がれて(灌頂)、宝冠を被せられ、欲界、色界、無色界というすべての世界の法王の位に立ち、すでにすべての如来たちのあらゆる智慧を持つもの(一切智智)であるために、悟りの世界を思いのままに操る偉大な創造者(瑜伽自在者)であり、すべての如来たちと、その如来のそれぞれを象徴する形(印契)のエネルギーを得て、すべてが平等である状態に到達していることによって、あらゆる生きとし生けるものに恵みを与える働きを成し、それらすべてを安楽にするお力を持つーー大いなる慈悲のブッダ・毘盧舎那仏、それは永遠に全宇宙の悟りの境地に君臨して、そのすべての身体活動、言語活動、精神活動がダイアモンドのように堅固不滅に光り輝く如来(一切身語心金剛如来)は、あらゆる如来が住いするところの、その如来たちによって称讃され賛嘆されている、摩尼宝珠がところ狭しと散りばめられ、架け渡された鈴鐸は風にさやかにそよぎ、色とりどりの幡や花飾り、黄金の装飾垂れ、月を模った飾り物などによって豪華絢爛に飾りつけられた色究竟天(物質界の最上天)王の宮殿におられました。その毘盧舎那如来に付き従う方々は、金剛手菩薩、観自在菩薩、虚空蔵菩薩、金剛拳菩薩、文殊菩薩、纔発心転法輪菩薩、虚空庫菩薩、摧大力魔菩薩(摧一切魔菩薩)という八大菩薩を中心にした九十九俱胝(九億九千万)という数の菩薩衆、さらにガンジス河の砂の数ほどの数え切れない如来たちでした。

やがて時が熟すと、世尊であられる毘盧舎那如来は、それら諸菩薩諸如来を伴い、贍部洲(せんぶしゅう:人間が住む大陸)に姿を現されました。そのために贍部洲は、それら多くの如来たちによって溢れ返り、まるで一面に胡麻が散りばめられたようになりました。そしてそれぞれの如来がそれぞれにエネルギー領域を広げて仏閣を形成し、その中で各々が人々に対して同じ悟りへの道の教え(理趣)を説かれたのでした。

<序分 (別序)>

世尊であられる毘盧舎那如来が色究竟天王の宮殿にお住まいになられていた時のことです。世尊のその心中(フリダヤ)には四波羅蜜菩薩、すなわち金剛波羅蜜菩薩(すべての如来の完全なる集合エネルギー体であると同時に金剛界の全体であり、すべての生きとし生けるものに悟りを開かせる智慧の菩薩)、宝波羅蜜菩薩(すべてを包み込む虚空界から出現する広大無辺の智慧を生み出す蔵のエネルギー体であり、すべての如来から金剛不壊の智慧を授けられた宝の如き菩薩)、法波羅蜜菩薩(虚空に遍満するすべての如来の悟りの智慧のエネルギー体であり、すべての如来の体が清らかであることからして清らかさを智慧とする菩薩)、業波羅蜜菩薩(虚空のすべてを包み込んで現象世界を生み出す智慧のエネルギー体であり、従わぬ者を強引に悟らしめるという如来の力を実行する菩薩)を内在していました。さらに、ブッダの悟りのエネルギーを一文字で表現した(種字)悟りの宇宙(法曼陀羅)において十六大菩薩、すなわちすべての如来の至高の悟りのエネルギー体である金剛薩埵、すべての如来の生けるものを悟りに引き込む鉤のエネルギー体である金剛王菩薩、すべての如来の喜びのエネルギー体である金剛喜菩薩、すべての如来の愛欲のエネルギー体である金剛愛菩薩、すべての如来の偉大な宝のエネルギー体である金剛宝菩薩、すべての如来の神聖な光のエネルギー体である金剛光菩薩、すべての如来の満ち足りた笑いのエネルギー体である金剛笑菩薩、すべての如来の自在に富を生む如意宝珠の旗のエネルギー体である金剛幢菩薩、すべての如来の清らかさのエネルギー体である金剛法菩薩、すべての如来の智慧の利剣のエネルギー体である金剛利菩薩、すべての如来の真実の言葉のエネルギー体である金剛語菩薩、すべての如来の菩提心を導く悟りの輪のエネルギー体である金剛因菩薩、すべての如来のすべてに行き渡る働きのエネルギー体である金剛業菩薩、すべての如来の衆生を済度する夜叉の牙のエネルギー体である金剛牙菩薩、すべての如来の防護の鎧のエネルギー体である金剛護菩薩、すべての如来の衆生の身口意の活動を拘束し悟りに導く印契のエネルギー体である金剛印菩薩を内在していました。これらはまた、ブッダの悟りのエネルギーを姿によって表現した悟りの宇宙(大曼陀羅)においては、それぞれ普賢菩薩、極喜王菩薩、妙不空菩薩、魔羅菩薩、虚空蔵菩薩、大妙光菩薩、大微笑菩薩、宝幢菩薩、観大自在菩薩、文殊師利菩薩、一切曼陀羅菩薩、無言菩薩、一切業者菩薩、暴悪菩薩、堅持菩薩、精進菩薩の十六大菩薩として内在し、一方、ブッダの悟りのエネルギーを象徴によって表現した悟りの宇宙(三昧耶曼陀羅)においては、金剛薩埵、金剛鉤菩薩、金剛喜菩薩、金剛箭菩薩、金剛宝菩薩、金剛日菩薩、金剛笑菩薩、金剛幢菩薩、金剛蓮華菩薩、金剛剣菩薩、金剛妙輪菩薩、金剛語菩薩、金剛業菩薩、金剛怖菩薩、金剛鎧菩薩、金剛持菩薩の十六大菩薩としてそれぞれに内在していたのでした。このように宇宙そのものの総体(法身)であられる毘盧舎那如来は、無終無始であり、静寂であり、残忍な怒りの主であり、大いなる忍耐の主であり、恐ろしき夜叉王であり羅刹王であり、堅固にして稀にみる勇者であり、大いなる支配者であり、ウマーの夫であって生類の主であるビシュヌ神を征服するものであり、偉大な聖者であり、世界の守護者であり、天空であって大地であり、過去と現在と未来(三世)であり、欲界と色界と無色界(三界)の全世界そのものであり、大いなる種であり、善く人に利益を与えるものであり、あられるものすべてであり、箭(矢)で射殺す神であり、父方の祖父(?)であり、輪廻における寂滅と常恒を正しく転じるものであり、極めて強力なものであり、ブッダであり、清浄なるものであり、すべての衆生を済度する乗り物(大乗)であり、欲界と色界と無色界の三界に生きるものであり、過去と現在と未来の三世に渡って魔を降伏するものであり、恩恵を齎らすものであり、恩恵を齎らす主を征服するものであり、金剛主(堅固不滅に光り輝く法王)であり、浄土(悟りの世界)のうちの最上のものであり、智慧そのものであり、悟りの道であり、解脱であり、菩薩であり、行であり、一切如来(すべての如来たち)そのものであり、ブッダの意義であり、ブッダの真髄であり、一切菩薩(すべての菩薩)そのものであり、無上なるものであり、光り輝くものであり、勝者であり、主であり、自らを生み出すものであり、陀羅尼であり、記憶するものであり、大薩埵(偉大なる存在者)であり、大印(ムドラー・タントラにおける女性パートナー)であり、瞑想世界(三摩地)であり、ブッダの働きをなすものであり、すべてのブッダからなるものであり、存在者であり、人であり、永遠に恵みを与えるものであり、極めて堅固なるものであり、大黒(大いなる暗黒の王)であり、大貪欲であり、大楽であり、大方便(偉大な作用者)であり、最も勝れた者の中の最も勝れた者であり、一切の最勝者であり、世界の主催者であられる世尊・毘盧舎那如来は、大菩提心(偉大な悟りに至る心)のエネルギー体である普賢大菩薩として、すべての如来たちのその心の中心(フリダヤ)に住んでおられたのです。

<正宗分>
 [五相成身観]

さて、毘盧舎那如来に随行し、人間の大陸すなわち贍部洲(せんぶしゅう)に移動したすべての如来たちは、そこで大集結して、ひとつの集合エネルギーとなり、悟りを開くために生死を彷徨うほどの苦行をしていた一切義成就菩薩(悟りを開く前の苦行中の釈迦如来・以降、その成道を金剛頂経は密教的視点から、あなた自身であると説いている)のところに近きました。そして各々が法を施すためにその姿を顕現(受用身)し、苦行中の一切義成就菩薩にこうお告げになりました。「善き男子よ、汝がそのように難行に耐えたからといって、どうして無上の悟りを得ることができるであろうか。汝はすべての如来の真実を知ってはいないのだから」その言葉を聞いた一切義成就菩薩は、驚いてハッと我に返り、無動三昧(身体のすべての活動を静止する行)から立ち上がってすべての如来たちに恭しく礼拝し、こう問いかけました。「尊き如来様たちよ、教えてください。私はどのようにすれば、真理に到達することができるのでしょうか」その問いに対して、すべての如来たちは、口を揃えてこうおっしゃいました。「深く心の奧にある真の姿を捉えなさい、善き男子よ。自己の心の在り方を観察する瞑想によって。そしてその心の本性から、すでに真理に到達していることを表す真言(マントラ)を好きなだけ唱えることによって・・」

オン シッタ ハラチベイトウ キャロミ(オーム チッタ プラチヴェーダム カローミ)*オーム、我は自己の心の真の姿を捉えん* 『五相成身観の一・通達菩提心』

そこで、一切義成就菩薩は、すべての如来たちにこう述べられました。「私は皆さんに教えられた通りにいたしました、尊き如来様たちよ。そのことによって、私には自分の心中(フリダヤ)の上に満月(月輪=発光エネルギー球体)の姿が見えてまいりました」すると、すべての如来たちはこう仰せになリました。「善き男子よ。汝の心中の上に現れた満月(月輪=発光エネルギー球体)は、本来、清らかなものである。それはちょうど、汚れた布がきれいに洗われて、本来の清らかさを取り戻すように、そのように白い布を染料で染めた如く、本来は白く清らかなのである」そして、すべての如来たちは、『心は本来、清らかなものである』ということを更に気づかせるために、重ねて一切義成就菩薩に、

オン ボージシッタ ボダハダヤ(オーム ボーディチッタム ウトパーダヤーミ)*オーム 我は菩提心を起こさん*

という、すでに真理に到達していることを表す真言(マントラ)によって、彼の菩提心(悟りに至る心)を引き起こされました。この教えによって菩提心を引き起こした一切義成就菩薩は、その心境をすべての如来たちに告げました。「私の心中(フリダヤ)の上に現れた満月の形をしたものが、今や本物の満月に見えてまいりました」『五相成身観のニ・修菩提心』

そこで、すべての如来たちはこう申されました。「汝の菩提心は、すべての如来たちの心の中(フリダヤ)そのものなのである。汝は今や、悟りに至る心(菩提心)を引き起こす普賢菩薩の心に至ったのであり、それによってすべての如来たちに敬われるべき存在になったのである。その偉大なる菩提心は、完成されなければならない。そこでまずそのすべての如来たちの普賢の心を堅固にするために、汝はこの真言(マントラ)を唱えることによって、自らの満月(月輪=発光エネルギー球体)の中に金剛(杵)の姿を思い浮かべよ。

オン チシュタ バザラ(オーム ティシュタ ヴァジュラ)*オーム 立て金剛(杵)よ*

この教えに従い行をした一切義成就菩薩は、すべての如来たちにこう告げられました。「尊き如来様たちよ、私は満月の中に金剛(杵)を見ます」 『五相成身観の三・修金剛心』

次いですべての如来たちは、こう仰せになりました。「汝はこの真言(マントラ)を唱えることによって、すべての如来の普賢の心であるその金剛(杵)を堅固にせよ」

オン バザラ タマクカン(オーム ヴァジュラアートマコー アハム)*オーム 我の本質はこの金剛(杵)に他ならず*

一切義成就菩薩はすべての如来たちから教えられたこの真言(マントラ)を唱えました。すると、宇宙のすべてを満たすほど多くの、すべての如来の体と言葉と心が金剛不滅に輝き渡る悟りの世界(一切如来身語意金剛界)が、すべての如来たちの霊エネルギーを注入(加持)されて、一切義成就菩薩の心中(フリダヤ)にある、彼の本質そのものである金剛(杵)の中に入って行きました。そして、いとも尊き一切義成就菩薩は、すべての如来たちによって、「(汝は)金剛界なり、(汝は)金剛界なり」と、堅固に光リ輝く永遠不滅の悟りの世界そのものを名とする灌頂(金剛名灌頂)を授けられました。そこで、今や『金剛界』という灌頂名を賜わった一切義成就大菩薩は、すべての如来たちにこう申し上げました。「尊き如来様たちよ、私は今、私自身の体が、すべての如来が集合したエネルギー体となったように感じられます」『五相成身観の四・証金剛身』

すると、すべての如来たちは、こう申されました。「金剛界大菩薩よ、その瞑想を更に進め、自らをブッダたらしめる次のような真言(マントラ)を好きな数だけ唱え、それによってすべてにおいて最も勝れた姿形を備え、ブッダの姿そのものである心中の金剛(杵)が汝自身であると思え」

オン サラバタタギャタ サタタ カン(オーム ヤター サルバタターガタース タター アハム)*オーム 一切如来があるが如く、その如くに我はあり*

このように教えを受けた金剛界大菩薩(一切義成就菩薩の灌頂名)は、この真言(マントラ)こそ、すべての如来たちの真実であり、今この瞬間に直ちにブッダと成る(即身成仏)ことの出来る秘儀であると気づき、この仏身円満の真言をひたすらお唱えになりました。するとその場で、自分がもはや如来と同等である(現等覚)と悟り、金剛界如来となった彼はすべての如来たちに恭しく礼拝して、次のように申し上げました。「私に如来のエネルギーを注入(加持)してください、尊き如来様たちよ。そしてこの私の悟りを堅固なものにしてください」すると、すべての如来たちは、悟りを開いて金剛界如来となった彼の体そのものである金剛(杵)の中に入ったのでした。『五相成身観の五・仏身円満』

そのことによって、いとも尊き金剛界如来は、この瞬間に、すべての如来たちと自分はまったく等しいものであるという智慧による悟り(現等覚)を得て、すべての如来たちとまったく同じ堅固不滅の智慧を持ったことによって印契の秘密のエネルギーを保持して悟りの境地に入り、すべての如来たちとまったく同じ真理を知る智慧によってあらゆるものを平等にその本質において清らかにし、すべての如来たちとまったく同じであるという智慧によってあらゆるものがその本質において清らかであるという智慧の源となり、かくて如来であり阿羅漢(最高の悟りを得た聖者)であり正等覚者(正当な如来の一員)となったのでした。

[毘盧舎那如来の誕生]

そしてすべての如来たちは、正当な如来の一員となられた金剛界如来の身体そのものである金剛(杵)より出られて、どのような願いでも叶える無限の宝蔵である虚空蔵菩薩のエネルギーを頭上に灌いで(灌頂)宇宙の法王の資格を授け、次いで観自在菩薩の智慧である無上の真理を生起せしめて、すべての如来たちのその上に立つ宇宙の創造者(一切業者)たる資格を持つ者としたのでした。かくて宇宙の創造者たる資格を得た金剛界如来を伴い、すべての如来たちは、須弥山(宇宙の中央にある山)の頂きの金剛摩尼宝頂楼閣に移動しました。そこで改めて金剛界如来にエネルギーを注入(加持)して法王の地位を盤石にすると、彼を宇宙の中心である獅子座にすべての方向を向くように座らせたのでした。こうして彼は釈迦牟尼如来、すなわち毘盧舎那如来となられたのでした。一方、阿閦如来と宝生如来と観自在王如来と不空成就如来の四仏は、すべての如来たちと同等であるという資格を得るために自らにそのすべての如来たちのエネルギーを注入してすべての如来たちそのもの(集合エネルギー体)となり、宇宙の中心に鎮座する釈迦牟尼如来(毘盧舎那如来)があらゆる方向に意識を向けすべては平等であるという境地に至っていることを知ることで、その四方、すなわち阿閦如来は東方に、宝生如来は南方に、観自在王如来は西方に、不空成就如来は北方にそれぞれ座したのでした。

『十六大菩薩生』

[金剛薩埵の顕現]

こうして今、すべての如来たちの悟りをすべて得られた世尊・毘盧舎那如来、すなわちすべての如来の大菩提心という真髄のエネルギー体である普賢菩薩を金剛(杵)という形で心中(フリダヤ)に保持し、すべての如来たちの広大無辺の空間より現出したすべての願いを叶える宝冠を、その頭上に戴く灌頂を授けられ、すでにすべての如来たちの真理の集合エネルギー体である観自在菩薩の、最も勝れた法の智慧を獲得しており、すでにすべての如来たちそのものの宇宙の創造者たる地位を得ているが故に、その教えは嘘偽りなく完璧であって疎外されることはなく、為すべきことは完全に成し遂げて、心に願うことは完全に実現して、その宇宙創造者としての全責任を自らに引き受けられた世尊・毘盧舎那如来は、その心中(フリダヤ)にある普賢大菩薩の菩提心のエネルギーに同化することによって現れた、全宇宙そのものである絶対的存在者・金剛薩埵をその心中(フリダヤ)より言葉によって顕現させました。「金剛薩埵よ」こうして毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)である金剛薩埵が現出したとみるや、すべての如来たちの大菩提心のエネルギー体である尊き普賢大菩薩は、発光エネルギー球体(月輪)となってそれぞれの如来たちの心中(フリダヤ)より出られ、すべての生きとし生けるものの悟りに至る心(菩提心)を清められた後、すべての如来たちの傍らに付きました。すると、その発光エネルギー球体(月輪)から、すべての如来たちの智慧の金剛(杵)が現れ出て、世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に一斉に入ったのでした。それらの金剛(杵)は、金剛薩埵の悟りの境地があまりにも堅固であることを知ったすべての如来たちによってエネルギーを加えられてひとつになり、全宇宙を凌駕するほどの大きさになって全宇宙に光り輝きました。その金剛(杵)は、両方の先端が如来の五つの智慧(五智)を顕わす五つの尖りを持ち、すべての如来たちの金剛のように堅固な身体活動、言語活動、精神活動を顕わす形を取って現出し、毘盧舎那如来の手の上に納まりました。その金剛(杵)から、金剛(杵)の形をした光線が放たれました。その光線は様々な色や形になって拡散し、全宇宙の隅々まで輝き渡りました。さらにその金剛光線の先端から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数に等しい如来の体が出現しました。それらの如来たちは、宇宙の全体に蔓延し、広大無辺の空間を包含し、雲の如く海の如く広がっていったのでした。彼ら無数の如来たちは、すべての如来たちと同等の智慧を得ている故、すべての生きとし生けるものの世界に姿を現し、すべての生きとし生けるものに悟りに至る心(菩提心)を引き起こさせるという普賢菩薩の働きを円満にし、すべての如来たちの眷族にそれぞれ奉仕しながら大いなる悟りの階梯を登り、すべての魔を粉砕しながら最高の悟りに達成し、真理の輪を回して、余すところなく生きとし生けるものの世界を救済し、生きとし生けるものに利益と安楽を齎らすなど、すべての如来たちの神通力(あらゆることを可能にする能力)を駆使し、こうして無上の悟りの境地に至ったのでした。そしてその後、如来たちは、金剛薩埵の悟りの境地が普く賢いもの(普賢)であること、さらにそれが極めて堅固であることによって、集合エネルギー体としてひとつに固まり、普賢大菩薩の体となり、世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入って、次のような頌(詩)によってその心の内からの喜びを表明したのでした。「ああ、我は普賢である。自らのエネルギーによって自らを生み出すもの、すなわちすべての如来たちの大菩提心の顕現である存在者(薩埵)なのだ。なぜなら、その菩提心は堅固不滅(金剛)である故に、本来は見えないもの(エネルギー)であるにもかかわらず、こうして身体を持つもの(薩埵)となったからである」そう謳い終わると、普賢大菩薩は世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、東方に位置する阿閦如来の前方の発光エネルギー球体(月輪)の中に座り、そして毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希ったのでした。そこでいとも尊き毘盧舎那如来は、すべての如来たちの智慧は金剛のように堅固であるという瞑想(一切如来智慧三昧耶金剛)に入って、すべての如来たちの五つの功徳的身体(五部法身)である戒(戒めの相)、定(瞑想の相)、慧(智慧の相)、解脱(煩悩の衣を脱ぎ捨てた相)、解脱知見(煩悩の衣を脱ぎ捨てたことを客観視する相)であり、転法輪(生きとし生けるものを済度する為に回す法の輪)であり、生きとし生けるものを幸福にする偉大なる作用(大方便)であり、力であり、励み(精進)であり、偉大なる智慧そのものの金剛(杵)、すなわちそれは、余すところなくすべての生きとし生けるものの世界を救済し、生きとし生けるものを残らず完全なる自由と完全なる安楽と満足とを与えるため、さらにすべての如来たちと生きとし生けるものは完全に平等であるという智慧と、それに基づいてすべての如来たちが持つ神通力(何ごとも自由にする力)が生きとし生けるものにも備わっていることを知らしめ、この上ない大乗(すべての生きとし生けるものを残らず悟らしめる教え)を顕わす最上の悟りの境地を得るという良い結果を与えるために、そのすべての如来たちの悟りの境地そのものであるその金剛(杵)を、普賢大菩薩の頭にブッダの身体そのものである宝冠と繒綵(美しく装飾した絹織物)を被せて灌頂し、転輪王(世界を普く支配する王)の位を授けた上で、彼の両手に持たせたのでした。するとすべての如来たちは、口を揃えて「(汝は)金剛手である。(汝は)金剛手である」と賛美し、彼に金剛手菩薩という灌頂名を授けました。そこで金剛手菩薩摩訶薩(堅固不滅の光り輝く金剛を手にした悟れる人)は、左手に金剛慢印を作り、右手にその金剛(杵)を握って胸(フリダヤ)の前で振りながら、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさにこれこそは、あらゆるブッダのこの上ない悟りの境地を顕わす金剛に他なりません。これは金剛(杵)として、今、我が手に与えられ、金剛のように堅固に収まっております。まさに私こそ、この金剛(杵)そのものなのです!」

[金剛王菩薩の顕現]

世尊・毘盧舎那如来は、続いて不空王大菩薩(まさに王である偉大な菩薩)のエネルギーから出現した薩埵加持金剛(全宇宙はそのまま金剛薩埵であるというエネルギーの注入)という名の瞑想に入ることによって、そのすべての如来たちが持つすべての生きとし生けるものを鉤に引っ掛けて悟りの世界に引き込む(鉤召)エネルギーを自らの心中(フリダヤ)より引き出し、心呪(フリダヤ)と共に顕現化しました。「金剛王よ」この心呪(フリダヤ)が顕現化したとみるや、かの尊き金剛手菩薩は、すべての如来たちの偉大なる鉤となってすべての如来たちそれぞれの心中(フリダヤ)から出て、世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギー体としてひとつに固まり、巨大な金剛鉤として再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出ました。そして世尊・毘盧舎那如来の手の上に収まったのでした。するとその巨大な金剛鉤から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)に等しい無数の如来の身体が出現して、すべての如来たちが持つあらゆるものを悟りに引き込む鉤召の能力(神通力)によってその姿を顕しました。そしてそれらの如来たちは、金剛薩埵のエネルギーが極めてまさに王そのものであり、それが極めて堅固であることにより、ひとつに固まって集合エネルギー体となり、不空王大菩薩となって世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入ると、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私は不空王である。金剛より出現した鉤である。なぜならそれは、あらゆる宇宙に遍満するブッダは、すべての生きとし生けるものを悟りに導くために鉤召(鉤で引き込む)するからである」そして不空王大菩薩は世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体のひとつである、東方に住する阿閦如来の右側の発光エネルギー球体(月輪)の中に座り、毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希ったのでした。そこで世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の鉤召という悟りの境地(一切如来鉤召三昧耶金剛)という瞑想に入って、すべての如来たちの鉤召のエネルギーである金剛鉤、それはすなわち余すところなくすべての生きとし生けるものを鉤に掛けて悟りに導き、完全な安楽と満足とを与え、さらにすべての如来たちの集合エネルギーに同化させるというこの上ない悟りの境地に誘うその金剛鉤を、不空王菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛鉤召である。(汝は)金剛鉤召である」と言って不空王菩薩に金剛鉤召菩薩という金剛名灌頂を授けました。そこで金剛鉤召菩薩は、その金剛鉤を持ってすべての如来たちを引き寄せながら、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさにこれこそは、あらゆるブッダのこの上ない金剛不壊の智慧に他なりません。なぜならこれは、あらゆるブッダがすべての生きとし生けるものを悟りに導くというその目的を達成するための、最も勝れた鉤だからです!」

[金剛愛菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、大いなる愛欲の菩薩(摩羅大菩薩)のエネルギーから出現した薩埵加持金剛(全宇宙はそのまま金剛薩埵であるというエネルギーの注入)という瞑想に入って、このすべての如来たちを喜ばせる愛欲のエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から引き出し、心呪(フリダヤ)と共に顕現化しました。「金剛貪愛よ」この心呪(フリダヤ)が顕現化したとみるや、かの尊き持金剛は、すべての如来たちの花箭(花の矢・キューピットの矢のように人の心に刺さって愛欲を齎らす矢)となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)より出て、世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギー体となってひとつに固まり、堅固不滅に光り輝く巨大な矢(金剛箭)となり、再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の手の上に収まったのでした。するとその巨大な金剛箭から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数に等しい無数の如来が出現して、すべての如来たちを喜ばせる愛欲の能力(神通力)によってその姿を顕しました。そしてその如来たちは、金剛薩埵のエネルギーがよく殺すものであり、それが極めて堅固であることにより、ひとつに固まって集合エネルギー体となり、摩羅大菩薩となって毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入ると、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私の本質は清らかである。しかも私は自らを生み出すあらゆる存在(自性者・ブッダを指す。ただし、密教的解釈では、あらゆる存在は大日如来なのであるから、つまり私たちを含めたあらゆる存在を意味している)を愛欲に染めるものである。なぜなら、すでに愛欲から離れたものをさらに清らかにするため、それらを貪愛のエネルギーによってこらしめる(調伏)からである」そして摩羅大菩薩は世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体のひとつである、東方に住する阿閦如来の左側の光の玉(月輪=発光エネルギー球体)に座り、毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希ったのでした。そこで世尊・毘盧舎那如来は、一切如来愛染加持金剛(すべての如来たちの堅固不滅の愛欲に染める悟りの境地)という瞑想に入って、すべての如来たちの能殺のエネルギーである金剛箭、すなわちそれは、余すところなくすべての生きとし生けるものを愛欲に染めて、あらゆる快楽と満足を得させ、さらにすべて如来たちの魔の業(魔王マーラーの欲望のエネルギー)というこの上ない悟りの世界に導くために、この金剛箭を摩羅大菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛弓である。(汝は)金剛弓である」と言って摩羅大菩薩に金剛弓菩薩という金剛名灌頂を授けました。そこで金剛弓菩薩摩訶薩は、その金剛の弓矢ですべての如来たちを射殺しながら、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさにこれこそは、あらゆるブッダの濁りなき貪愛の智慧に他なりません。なぜならこれは、貪愛によってすべての如来たちの欲望から離れた心を殺して、あらゆる生きとし生けるものに完全なる安楽を与えるための、最も勝れた弓矢だからです!」

[金剛喜菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、大いなる歓喜の菩薩(歓喜大菩薩)のエネルギーから出現した薩埵加持金剛(全宇宙はそのまま金剛薩埵であるというエネルギーの注入)という名の瞑想に入って、このすべての如来たちを歓喜させるエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から引き出し、心呪(フリダヤ)と共に顕現化しました。「金剛善哉(素晴らしいという叫び)よ」この心呪(フリダヤ)が顕現化したとみるや、かの尊き持金剛は、すべての如来たちの善哉(素晴らしい)という喜びのエネルギーとなってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギー体としてひとつに固まり、巨大な金剛喜として再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の手の上に収まったのでした。するとその巨大な金剛喜から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数に等しい無数の如来が出現して、すべての如来たちの善哉(素晴らしい)という叫びのエネルギーによってその姿を顕しました。そしてその如来たちは、金剛薩埵のエネルギーが極めて歓喜であり、それが極めて堅固であることにより、集合エネルギー体としてひとつに固まり、歓喜王大菩薩として毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入ると、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私は善哉(素晴らしいという叫び)そのものであって、あらゆる智慧を持つすべてのものの中でも最も勝れた智慧者である。なぜなら、愚かな考えを切り捨てるものたちに堅固不滅の歓喜を齎らす者であるからである」そして歓喜王大菩薩は、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちのエネルギー体のひとつである、東方に住する阿閦如来の後方の発光エネルギー球体(月輪)の中に座り、毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希ったのでした。そこで世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちの金剛不滅の喜びを与える境地(一切如来令喜金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちのこの上ない喜びのエネルギーによってあらゆる生きとし生けるものに余すところなく大いなる快楽と満足を得させ、さらにすべての如来たちのこの上ない歓喜の味という悟りの境地に導くために、この金剛喜を歓喜王大菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛喜である。(汝は)金剛喜である」と言って歓喜大王菩薩に金剛名灌頂を授けました。そこで金剛喜菩薩摩訶薩は、その金剛喜によってすべての如来たちを善哉(素晴らしい)という叫びと共に喜ばせながら、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさにこれこそは、すべての如来たちに善哉(素晴らしい)という叫びを上げさせるものに他なりません。なぜならこれは、すべての如来たちに歓喜を齎らす極めて優れた金剛であり、すべての如来たちの歓喜を増幅するからです!」

以上が、東方・阿閦如来の四親近菩薩です。つまりすべての如来たちの偉大な菩提心である金剛薩埵(阿閦如来の前方)、すべての如来たちの鉤召の境地である金剛王菩薩(阿閦如来の左側)、すべての如来たちの愛染の智慧である金剛愛菩薩(阿閦如来の右側)、すべての如来たちの大いなる歓喜である金剛喜菩薩(阿閦如来の後方)です。彼らはみな、すべての如来たちの偉大なエネルギーから生まれた人(大三昧耶薩埵)であります。

[金剛宝菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、虚空蔵菩薩のエネルギーから出現した、堅固不滅の宝の力(宝加持金剛)という名の瞑想に入って、このすべての如来たちが行う灌頂の儀式に伴うエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から引き出し、心呪(フリダヤ)と共に顕現化しました。「金剛宝よ」この心呪(フリダヤ)が顕現化したとみるや、金剛薩埵のエネルギーが広大無辺の空間はすべて平等であるという智慧に通じていることから、かの尊き持金剛は、すべての空間に行き渡る光明となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出現しました。そしてその無数の光明はすべての世界を輝かし、宇宙空間全体に行き渡ったのでした。さらにその光り輝く空間全体は、すべての如来たちのエネルギーを注がれて、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、金剛薩埵のエネルギーがすべての空間を包み込むものであることから、そのエネルギーは全宇宙を包み込む胎蔵として、広大な堅固不滅の宝(大金剛宝)となり、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の手の上に収まりました。するとその金剛宝から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現して、すべての如来たちの灌頂を行うなどのすべてを自由に出来る能力を現しました。そしてその如来たちは、金剛薩埵のエネルギーが全宇宙空間を包み込む胎蔵から生まれたものであり、またそれが極めて堅固であることから、集合エネルギー体としてひとつに固まり、虚空蔵大菩薩となり、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私は素晴らしい灌頂の儀式によって宝冠を授けられたもの、この上ない金剛宝である。なぜなら、あらゆるものの中で最も勝れたものは、すでに何の執着がないにもかかわらず、全世界(三界)の法王として認識されるからである」そして虚空蔵菩薩は世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、南方・宝生如来の前方の光の玉(月輪=発光エネルギー球体)に座り、毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希ったのでした。そこで世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちのあらゆる願いを叶える堅固不滅の宝(一切如来摩尼宝金剛)という瞑想に入り、すべての如来たちの、あらゆる生きとし生けるものの心を豊かにする堅固不滅のエネルギー(金剛摩尼)を、余すところなく生きとし生けるものの世界に注ぎ込むという目的を達成させて安楽と満足を得させるため、さらにすべての如来たちの目的であるこの上ない悟りの境地に導くため、その金剛摩尼(あらゆる願いを叶える堅固不滅の宝のエネルギー)を虚空蔵大菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛蔵菩薩である、(汝は)金剛蔵菩薩である」と言って虚空蔵菩薩に金剛名灌頂を授けました。そこで金剛蔵大菩薩は、その金剛摩尼のエネルギーを吸収しながら、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさに私こそが、すべての如来たちのあらゆるものを豊かにする灌頂のエネルギーそのものに他なりません。宇宙中に散りばめられていた宝は、今やひとつとなって私の手に与えられたのです!」

[金剛光菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、大威光大菩薩のエネルギーから出現した、堅固不滅の宝の力(宝加持金剛)という名の瞑想に入り、このすべての如来たちの光明のエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から引き出し、心呪(フリダヤ)と共に顕現化しました。「金剛威光よ」この心呪(フリダヤ)が顕現化したとみるや、かの尊き金剛手菩薩は様々な大いなる日輪となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出て、世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギーとしてひとつに固まり、堅固不滅の太陽(金剛日)となって毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出現し、毘盧舎那如来の手の上に納まりました。するとその金剛日輪から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現してすべての如来たちの光明を放つエネルギーによってその姿を現しました。そしてその如来たちは、金剛薩埵のエネルギーが極めて大いなる光であることで、さらにそれが極めて堅固であることによって集合エネルギーとしてひとつに固まり、大威光大菩薩となって世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明しました。「ああ、実に私は生きとし生けるものの世界を照らす比類なき光である。その私の光は、すでに清らかな諸々のブッダや救世者(菩薩)すらも、さらに清らかにするのだ」そしてそのすべての垢を落として清らかにする光の菩薩(離垢光菩薩)は、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、南方・宝生如来の右側の月の珠(月輪=発光エネルギー球体)に座り、毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希ったのでした。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の光輪(一切如来光輪加持金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの光明のエネルギーである金剛日、すなわちそれは、すべての生きとし生けるものの世界を余すところなく照らし、すべての安楽と満足を得させ、さらにすべての如来たちが光明を獲得するというこの上ない悟りの境地に到達させるために、その金剛日を大威光大菩薩の両手に授けたのでした。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛光である。(汝は)金剛光である」と言って、大威光菩薩に金剛名灌頂を授けました。そこで金剛光菩薩は、手にした金剛日ですべての如来たちを照らしながら、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明しました。「まさにこれこそ、あらゆるブッダが生きとし生けるものの無知の暗闇を消し去るものに他なりません。その光明は、砂の数ほどの太陽を遥かに凌いでおります!」

[金剛幡菩薩の顕現]

次に、世尊・毘盧舎那如来は、宝幢大菩薩のエネルギーから出現した、堅固不滅の宝の力(宝加持金剛)という名の瞑想に入り、このすべての如来たちの心の願いを完全に満足させるエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から引き出し、心呪(フリダヤ)と共に顕現化しました。「金剛幢よ」この心呪(フリダヤ)が顕現化したとみるや、かの尊き持金剛は、様々な色や形をした美しい多くの幢(旗)となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出て、世尊・毘盧舎那如来の(フリダヤ)に入り、集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛幢となって毘盧舎那如来の手の上に納まりました。するとその金剛幢から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現し、金剛薩埵のエネルギーが大いなる宝の旗のように高く聳えるものであること、またそれらが極めて堅固であることにより、集合エネルギーとしてひとつに固まり、宝幢大菩薩となって毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私は、すべての悟りの達成者にとっての最高の幢である。それはすでにすべての願いを叶えた人々に対しても、さらにすべての目的を達成させるのである」そして宝幢大菩薩は毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、南方・宝生如来の左側の発光エネルギー球体(月輪)の中に座り、毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希ったのでした。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の高揚(一切如来高揚加持金剛)という瞑想に入り、すべての如来たちの如意王摩尼幢(あらゆる願いを叶える偉大な王のような幢)を高く掲げるエネルギー、すなわちあらゆる世界の生きとし生けるものの願いを余すところなく叶えて、すべてに満足と安楽を与え、さらにすべての如来たちに大いなる恵みという最上の悟りの境地に到達させるため、その金剛幢を金剛幢大菩薩の両手に授けたのでした。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛幢である。(汝は)金剛幢である」と言って金剛幢菩薩に金剛名灌頂を授けました。そこで金剛幢菩薩摩訶薩は、その金剛幢を振ってすべての如来たちに恵みを与える行為を奨励しながら、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明しました。「まさにこれこそは、すべてのブッダが生きとし生けるものの願いを完全に叶えるものに他なりません。この如意宝幢は、まさに悟りへの道なのです!」

[金剛笑菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、常に喜びに溢れた感覚器官を司る菩薩(常悦喜根菩薩)のエネルギーから出現した堅固不滅の宝の力(宝加持金剛)という瞑想に入り、このすべての如来たちの喜びのエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に顕現化しました。「金剛笑よ」するとその心呪(フリダヤ)が顕現したのをみるや、かの尊き持金剛は、すべての如来たちの微笑となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛微笑となって毘盧舎那如来の手の上に納まりました。そしてその金剛微笑から全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの無数の如来が出現し、すべての如来たちの奇跡を起こす能力(神通力)となり、また金剛薩埵のエネルギーが常に喜びに満ちた機根を持つこと、さらにそれが極めて堅固であることで、集合エネルギーとしてひとつに固まり、常悦喜根大菩薩となって世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明しました。「ああ、実に私は大いなる笑いである。すべての高みにいる者にとっての大いなる奇跡である。なぜなら正しい悟りに至る者は、常にブッダの目的を実現しようとして努力するからである」そして常悦喜根大菩薩は、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体のひとつである南方・宝生如来の後方の月の珠(月輪=発光エネルギー球体)に座り、あらためて毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希いました。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の奇跡の力(一切如来奇跡加持金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの奇跡を起こすエネルギー、すなわちそれは、あらゆる世界の生きとし生けるものの感覚器官に余すところなくこの上ない安楽と幸福を齎らすため、さらにすべての如来たちの感覚器官を完全に清らかにする智慧の能力(神通力)を獲得させるために、その金剛微笑を常悦喜根大菩薩の両手に授けたのでした。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛笑である。(汝は)金剛笑である」と言って常悦喜根大菩薩に金剛名灌頂を授けたのでした。すると金剛笑菩薩摩訶薩は、金剛微笑を持ってすべての如来たちを喜びに包みながら、次のような頌(詩)如来よって心の内の喜びを表明しました。「まさにこれこそは、すべてのブッダの奇跡を起こすものです。大いなる喜びを齎らすこの智慧は、他の教主たちには知る由もないでしょう!」

以上が南方・宝生如来の四親近菩薩です。つまりすべての如来たちの大いなる灌頂である金剛宝菩薩(宝生如来の前方)、すべての如来たちの広大な光の輪である金剛光菩薩(宝生如来の後方)、すべての如来たちの生きとし生けるものに恵みを与える智慧である金剛幢菩薩(宝生如来の左側)、すべての如来たちの大いなる笑いである金剛笑菩薩(宝生如来の右側)です。彼らはみな、すべての如来たちの偉大なエネルギーから生まれた人(大三昧耶薩埵)です。

[金剛法菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべてを見通す力を持つ観自在大菩薩のエネルギーから出現した、すべては平等であるという堅固不滅の宇宙の真理(法加持金剛)という名の瞑想に入り、このすべての如来たちのすべては平等であるという宇宙の真理のエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に顕現化しました。「金剛法よ」この心呪(フリダヤ)が顕現化したとみるや、かの尊き持金剛は、金剛薩埵のエネルギーが、本来、すべてのものは平等にみな清らかであるという智慧(自性清浄法平等性智)を持つものであることから、妙なる真理の光となって、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から出現しました。するとあらゆる世界は、その光によって輝かされ、まさにその本質において悟りの世界そのものに変わったのでした。そしてその悟りの世界の全体は、世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギー体としてひとつに固まり、すべての宇宙空間を包み込むほどの巨大な蓮華となって、再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の手の上に収まりました。そしてその大蓮華から、全宇宙を構成する極微細の塵(素粒子)の数ほどの如来が出現して、すべての如来たちの悟りの境地と智慧とすべてを思い通りにする能力(神通力)などのエネルギーとして姿を現し、金剛薩埵のエネルギーがすべてを見通せること、さらにそれが極めて堅固であることによって、集合エネルギー体としてひとつに固まり、観自在大菩薩となり、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明しました。「ああ、実に私は勝れた真理そのものである。なぜなら、私によって初めて、普段は隠されている本来の姿、すべては清らかであるという姿をあらゆるものに知らしめることで、ただ悟りに導くだけではない宇宙の本質が開示されるからである」そして観自在菩薩は毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちのエネルギー体のひとつである西方・世自在王如来(観自在王如来と同じ)の前方の月の珠(月輪発光エネルギー球体)に座り、毘盧舎那如来に改めて教えを賜らんことを希いました。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の智慧のエネルギー(三昧耶金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの生きとし生けるものを完全に清らかにするエネルギー、すなわちあらゆる生きとし生けるものの魂を余すところなく清らかにし、なおかつすべてに安楽と満足を与えるため、さらにすべての如来たちのすべては平等であるという智慧とあらゆるものを自由にできる能力を獲得させるため、手の上にある金剛蓮華を観自在大菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛眼である。(汝は)金剛眼である」といって観自在菩薩に金剛名灌頂を授けました。すると金剛眼菩薩摩訶薩は、その金剛蓮華の花弁が開こうとするのを眺めながら、生きとし生けるものの貪欲も清らかであり、その本質は汚れなきものであることを心に思い描きつつ、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさにこれこそは、すべてのブッダが生きとし生けるものに貪欲も本来清らかであるという真実の姿を知らせるものであります。あらゆる真理の、そのさらに上にある真理が、まさにこの私の手に与えられたのです!」

[金剛利菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、文殊師利菩薩のエネルギーから出現したすべては平等であるという堅固不滅の真理(法加持金剛)という瞑想に入り、このすべての如来たちの大いなる悟りの智慧(直観智)というエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛利よ」するとその心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、かの尊き持金剛は、無数の悟りの智慧の剣となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギー体となってひとつに固まり、金剛剣となって再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の手の上に収まりました。そしてその金剛剣から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来たちが出現して、すべての如来たちの悟りの智慧(直観智)のエネルギーとして姿を現し、金剛薩埵のエネルギーが言いようもなく勝れて幸せを齎らすもの(妙吉祥)であり、それが極めて堅固であることから、集合エネルギー体としてひとつに固まり、文殊師利大菩薩となって世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべてのブッダの不可思議なほど美しい音そのものである。なぜなら智慧はエネルギーであるから見えないけれども、音声として知覚されるからである」そして文殊師利菩薩は、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体のひとつである西方・観自在王如来の右側の月の珠(月輪=発光エネルギー球体)に座り、改めて毘盧舎那如来に教えを賜らんと希ったのでした。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の智慧のエネルギー(般若智金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの生きとし生けるものの煩悩を断ち切るエネルギー、それはすなわち、あらゆる生きとし生けるものの世界の苦しみを余すところなく断ち切って排除し、すべてに安楽と満足を与えるため、さらにあらゆる生きとし生けるものがすべての如来たちの智慧を教えるその声(直観智)によって、完全な悟りの境地を獲得するために、手の上にある金剛剣を、文殊師利菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛慧である。(汝は)金剛慧である」と言って、文殊師利菩薩に金剛慧という金剛名灌頂を授けました。すると金剛慧菩薩摩訶薩は、その金剛剣ですべての如来たちをめった斬りにしながら、次のような頌(詩)によって、心の内の喜びを表明したのでした。「まさに私こそは、すべての如来たちの悟りに到達する智慧の道(般若波羅蜜多理趣)そのものです。仏法に敵対するすべてのものを断ち切るもの、すべての悪の最も勝れた破壊者なのです!」

[金剛因菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、纔発心転法輪大菩薩のエネルギーから出現したすべては平等であるという堅固不滅の真理(法加持金剛)という名の瞑想に入り、このすべての如来たちの真理の輪というエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛因よ」その金剛因が出現したとみるや、かの尊き持金剛は、すべての如来たちのそれぞれの金剛界大曼陀羅となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出て、世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギー体としてひとつに固まり、金剛輪となって再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出現して、毘盧舎那如来の手の上に収まりました。するとその金剛輪から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現し、すべての如来たちの、ほんの少しでも悟りの心を起こせば直ちに真理の輪を回して悟りに導くエネルギーとして姿を現し、また金剛薩埵のエネルギーがほんの少しでも悟りの心を起こせば直ちに真理の輪を回して悟りに導くもの、そしてそれが堅固不滅であることから、集合エネルギー体としてひとつに固まり、纔発心転法輪大菩薩となって毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、私は堅固不滅の最上の真理を持つものたちのエネルギーから生み出された法輪そのものである。なぜなら法輪は悟りの心を起こせば直ちに回り始めるからである」すると纔発心転法輪菩薩は毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体のひとつである西方・観自在王如来の左側の月の珠(月輪=発光エネルギー球体)に座り、毘盧舎那如来に改めて教えを賜らんことを希ったのでした。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の法輪(一切如来輪金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの大曼陀羅のエネルギー、すなわちそれがすべての生きとし生けるものの世界に余すところなく行き渡り、すべてに安楽と満足を与え、さらにすべての如来たちの悟りの輪を回すという最上の境地得させるために、その手にある金剛輪を纔発心転法輪菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛場である。(汝は)金剛場である」と言って纔発心転法輪菩薩に金剛場という金剛名灌頂を授けました。そこで金剛場菩薩摩訶薩は、その金剛輪によってすべての如来たちに何ごとにも屈しない強固な悟りの境地を獲得させつつ、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「これこそは、すべてのブッダがあらゆる真理を清らかにさせるものです。この何ごとにも屈しない強固な悟りの輪こそが、悟りに向かう道場に他なりません!」

「金剛語菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、無言大菩薩(すべてを語り尽くした菩薩)のエネルギーから出現した、すべては平等であるという堅固不滅の真理(法加持金剛)という名の瞑想に入り、このすべての如来たちの言葉のエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛語よ」この心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、かの尊き金剛手はすべての如来たちの真理の文字となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)より出て、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛念誦となって再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の手の上に収まりました。するとその金剛念誦から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現して、すべての如来たちの本質のエネルギーとして姿を現し、また金剛薩埵のエネルギーが見事にすべてを語り尽くしていて、それが極めて堅固であることから、集合エネルギーとしてひとつに固まり、無言大菩薩となって世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、私はあらゆる自らを生み出す者たちの秘密の言葉である。なぜならそれは、言葉による誤った解釈を離れて真理そのものを教えるからである」そして無言大菩薩は、世尊・毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体のひとつである西方・観自在王如来の後方の月の珠(月輪=発光エネルギー球体)に座り、毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希ったのでした。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の言葉(語金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの言葉の智慧、すなわちあらゆる生きとし生けるものの世界を余すところなく言葉によって悟りに導き、すべてに安楽と満足を与えるため、さらにすべての如来たちの秘密の言葉の意味を直観させ無上の境地を獲得させるために、その手にある金剛念誦を無言大菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、(汝は)金剛語である。(汝は)金剛語である」と言って無言大菩薩に金剛語という金剛名灌頂を授けました。そこで金剛語菩薩摩訶薩は、その金剛念誦によってすべての如来たちを論談させつつ、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさにこれこそは、すべてのブッダの堅固不滅の秘密の言葉の発露です。それはすべての如来たちの真の言葉(真言)によってすぐさま悟りを得る力を持つものです!」

以上が西方・観自在王如来の四親近菩薩です。つまり堅固不滅の本質を知る智慧である金剛法菩薩(観自在王如来の前方)、すべての如来たちの悟りに至る智慧である金剛利菩薩(観自在王如来の右側)、偉大な真理の輪の智慧である金剛因菩薩(観自在王如来の左側)、すべての如来たちの言葉の無意味さを知る智慧である金剛語菩薩(観自在王如来の後方)です。彼らはみな、すべての如来たちの偉大な智慧から生まれた人(薩埵)です。

大曼陀羅広大儀軌品之二

[金剛業菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちの偉大な匠の菩薩(一切如来毘首羯磨菩薩)のエネルギーから出現した堅固不滅の働き(羯磨加持金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの働きのエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛業よ」するとこの心中(フリダヤ)が出現したとみるや、金剛薩埵のエネルギーがあらゆるものに平等に働き掛ける智慧を持つことで、かの尊き持金剛は、すべての如来たちの働きの光明となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出ました。そしてそれらすべての如来たちの働きの光明によって、あらゆる世界は光り輝き、すべての如来たちの業の界(普賢菩薩の利他行の世界)のエネルギーがあらゆる世界に等しく行き渡りました。そしてその普賢菩薩の利他行のエネルギーは毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、全宇宙が集まったほどの広大な羯磨金剛(堅固不滅の働きのエネルギー)となって、再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、その手の上に収まりました。するとその羯磨金剛から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現し、あらゆる世界にすべての如来たちの働きというエネルギーとして姿を現しました。その如来たちは、金剛薩埵のエネルギーがすべての如来たちの窮まりない働きそのものであり、またそれが堅固不滅であることから、集合エネルギーとしてひとつに固まり、一切如毘首羯磨大菩薩となって毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべてのブッダの嘘偽りのない働きそのものである。なぜならあらゆる世界に働きかけるブッダの目的を真に達成させるのは、この金剛羯磨のエネルギーがあってこそだからである」そして一切如来毘首羯磨大菩薩は毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体である北方・不空成就如来の前方の月の珠(月輪)に座り、毘盧舎那如来に改めて教えを賜らんことを希ったのでした。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来の堅固不滅の嘘偽りのない境地(一切如来不空金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちのあらゆるものを喜ばせる(供養)活動のエネルギー、それはあらゆる生きとし生けるものの世界を余すところなくブッダの働きで満たし、すべてに安楽と満足を与えるため、さらにすべての如来たちの堅固不滅の働きの智慧の境地に至らせるため、その手の上の羯磨金剛を、一切如来毘首羯磨大菩薩の両手に与えました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛毘首である。(汝は)金剛毘首である」と言って一切如来毘首羯磨菩薩に金剛毘首(金剛業)菩薩という名の金剛名灌頂を授けました。そこで金剛毘首(金剛業)菩薩は、その羯磨金剛を自らの心中(フリダヤ)に納め、すべての如来たちを働きそのものに変えつつ、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさにこれこそは、すべてのブッダを活動そのものに変える最も勝れたものです。その力を持つ羯磨金剛が、今、私の手に与えられたのです!」

 [金剛護菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、手強い敵の行いを慎ませる大いなる菩薩(難敵精進大菩薩)のエネルギーから出現した堅固不滅の働き(羯磨加持金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの防護のエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛護よ」するとその心呪(フリダヤ)が現れたとみるや、かの尊き金剛手は様々な堅固な鎧となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、大金剛鎧となって、再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、その手の上に収まりました。するとその金剛鎧から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現して、すべての如来たちの防護の働きのエネルギーとなり、金剛薩埵のエネルギーが手強い敵の行いを慎ませる力があることで、集合エネルギーとしてひとつに固まり、難敵精進大菩薩となって毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、私はその心が極めて堅固な鎧である。なぜなら私が体現するエネルギーは、すべての姿なきもの(如来や菩薩)に金剛のように堅固不滅の体を与える最も勝れたものだからである」そして難敵精進菩薩は毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体のひとつである北方・不空成就如来の右側の月の珠(月輪)に座り、毘盧舎那如来に改めて教えを賜らんことを希ったのでしたのでした。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の境地(一切如来堅固金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの悟りの智慧に至る努力(精進波羅蜜)のエネルギーである金剛鎧、それはすなわちあらゆる生きとし生けるものの世界を余すところなく守護し、すべてに安楽と満足を与えるため、さらにすべての如来たちの堅固不滅の身体の獲得という最も勝れた境地に至らせるために、その手の上にある金剛鎧を、無敵精進菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛友である。(汝は)金剛友である」と言って無敵精進菩薩に金剛友(金剛語)という金剛名灌頂を授けました。そこで金剛友(護)菩薩摩訶薩は、その金剛鎧によってすべての如来たちに鎧を着せつつ、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさにこれこそは、すべての如来たちの慈悲の鎧そのものです。なぜなら悟りに至る堅固な努力はあらゆる敵対者からの大いなる防護であり、それはまた大いなる友とも呼べる存在だからです!」

 [金剛牙菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、催一切魔大菩薩のエネルギーから出現した堅固不滅の働き(羯磨加持金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来の悟りに導く作用(方便)のエネルギーを自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛薬叉よ」この心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、かの尊き持金剛はあらゆる牙の武器となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛牙となって再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、その手の上に収まりました。するとその金剛牙から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現し、すべての如来たちの強力な悪を撃ち従える(調伏)エネルギーに姿を変え、金剛薩埵のエネルギーがすべての禍いを打ち砕くため、またそれが極めて堅固であるために、集合エネルギーとしてひとつに固まり、催一切魔大菩薩となって毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私こそは、あらゆる生きとし生けるものを慈しむブッダの大いなる作用である。なぜならブッダは本来、もの静かではあるが、あらゆる生きとし生けるものを救い取るためなら凄まじい怒り姿にも変わるからである」そして催一切魔菩薩は毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体のひとつである北方・不空成就如来の左側の月の珠(月輪)に座り、毘盧舎那如来に改めて教えを賜らんことを希ったのでした。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の凄まじい怒り(暴悪金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの悪しきものを撃ち砕き悟らしめる(調伏)のエネルギーである金剛牙、すなわちそれは、あらゆる生きとし生けるものの世界から余すところなく恐れを除き、すべてに安楽と満足を与えるため、さらにすべての如来たちの良い方向に導く手段(方便)の智慧とその力によって最も勝れた境地に至らせるため、その手の上にある金剛牙という武器を催一切魔菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛暴悪である。(汝は)金剛暴悪である」と言って催一切魔菩薩に金剛暴悪(金剛牙)という金剛名灌頂を授けました。すると金剛暴悪(牙)菩薩摩訶薩は、その金剛牙という武器を自らの口に入れてすべての如来たちを怖がらせつつ、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「まさにこれこそは、すべてのブッダがあらゆる悪しきものを撃ち砕き悟らしめる最上のものです。なぜならこの鋭利な金剛牙という武器は、本当は救いを求めている彼らを救う手段だからです!」
 [金剛拳菩薩の顕現]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちの神聖な印契を結ぶ拳の菩薩(一切如来拳菩薩)のエネルギーから出現した堅固不滅の働き(羯磨加持金剛)という瞑想に入り、すべての如来たちの身体活動、言語活動、精神活動を堅固不滅に縛りつける(身語心金剛縛)エネルギーを自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛結よ」するとその心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、かの尊き持金剛は、すべての如来たちのあらゆる印契を結ぶ形となってすべての如来たちの心中(フリダヤ)から出て、毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛縛の姿になり、再び毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、その手の上に収まりました。そしてその金剛縛から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現して、あらゆる世界にすべての如来たちの印契智のエネルギーとして姿を現し、金剛薩埵のエネルギーがすべての如来たちの拳とよく結ばれていることから、またそれが極めて堅固であるために、集合エネルギーとしてひとつに固まり、一切如来拳大菩薩となって毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私こそは、心の堅固な人々のエネルギーである、極めて堅固な縛(印)である。なぜならそれは、生きとし生けるもののすべての心の働きを完全な悟りとして実現させるためには、すでに煩悩を克服した(解脱)人々をも縛りつけるからである」そして一切如来拳大菩薩は毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)から出て、すべての如来たちの集合エネルギー体のひとつである北方・不空成就如来の後方の月の珠(月輪)に座り、改めて毘盧舎那如来に教えを賜らんことを希ったのでした。そこで毘盧舎那如来は、すべての如来たちの堅固不滅の悟りの境地(三昧耶金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの印契を結ぶエネルギーである金剛縛、すなわちそれはあらゆる世界の生きとし生けるものに余すところなく、天部の神と共にすべての如来たちに会うという願いを叶えさせ、すべてに安楽と満足を与えるため、さらにすべての如来たちの印契の最上位の境地に到達させるために、その手の上にある金剛縛を一切如来拳大菩薩の両手に授けました。するとすべての如来たちは、「(汝は)金剛拳である。(汝は)金剛拳である」と言って一切如来拳菩薩に金剛拳菩薩という金剛名灌頂を授けました。そこで金剛拳菩薩摩訶薩は、その金剛縛でもってすべての如来たちを縛りつけつつ、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「これこそは、すべてのブッダの堅固にして偉大な拳による拘束(縛)です。なぜならすべてのブッダが速やかに悟りを実現するために、この何ものも超えることの出来ない形(三昧耶)があるからです!」

以上が北方・不空成就如来の四親近菩薩です。つまりすべての如来たちの施しの広大な働きである金剛業菩薩(不空成就如来の前方)、大いなる悟りへの努力の鎧である金剛護菩薩(不空成就如来の右側)、すべての如来たちの大いなる悟りに導く手段である金剛牙菩薩(不空成就如来の左側)、すべての印契の智慧である金剛拳菩薩(不空成就如来の後方)です。彼らはみな、すべての如来たちの偉大な働きから生まれた人(薩埵)です。

『四波羅蜜菩薩の出生』

[金剛波羅蜜菩薩の顕現]

こうして毘盧舎那如来より、それぞれに四親近菩薩を賜った四方四如来は、そのお返しにそれぞれの波羅蜜菩薩を献上致しました。まず東方・阿閦如来は、世尊・毘盧舎那如来が有するすべての如来たちの智慧、一切如来智に法王の資格を承認する印を押すために、金剛波羅蜜菩薩のエネルギーから出現した堅固不滅のエネルギーを注ぐ(金剛加持)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの堅固不滅の悟り女(金剛三昧耶女)という名の阿閦如来の配偶者である印契女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「薩埵金剛女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来の心中(フリダヤ)から、無数の堅固不滅の光が放出しました。するとその光から、かの尊き持金剛は全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来になって出現し、毘盧舎那如来の一切如来智に法王の資格を承認する印を押すと、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、すべての宇宙を合一したほどの巨大な金剛(杵)になって、毘盧舎那如来の東方の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私は堅固な存在です。すべてのブッダの堅固不滅の存在なのです。たとえ姿が見えなくとも、すべてのブッダの本質が堅固不滅であることは、こうして私が金剛の体を持って顕現したからに他なりません!」

[宝波羅蜜菩薩の顕現]

次に南方・宝生如来は、世尊・毘盧舎那如来が有するすべての如来たちの智慧・一切如来智に法王の資格を承認する印を押すために、宝波羅蜜菩薩のエネルギーから出現した堅固不滅のエネルギーを注ぐ(加持金剛)という名の瞑想に入り、堅固不滅の宝の悟り女(金剛宝三昧耶女)という名の宝生如来の配偶者の印契女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「宝金剛女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から無数の宝の光が放出しました。するとその光から、かの尊き持金剛は全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来となって出現し、毘盧舎那如来の一切如来智に法王の資格を承認する印を押すと、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、すべての宇宙を合一したほどの巨大な金剛宝となって、毘盧舎那如来の南方の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべてのブッダの堅固不滅な宝なのです。なぜなら、すべての印契女の法王の資格を与える灌頂のことわりは堅固だからです!」

[法波羅蜜菩薩の顕現]

次に西方・観自在王如来は、世尊・毘盧舎那如来が有するすべての如来たちの智慧・一切如来智に法王の資格を承認する印を押すために、法波羅蜜菩薩のエネルギーから出現した堅固不滅のエネルギーを注ぐ(加持金剛)という名の瞑想に入り、堅固不滅の法の悟り女(金剛法三昧耶女)という名の観自在王如来の配偶者の印契女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「法金剛女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から無数の蓮華の光が放出しました。するとかの尊き持金剛は全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来となって出現し、毘盧舎那如来の一切如来智に法王の資格を承認する印を押すと、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、すべての宇宙を合一したほどの巨大な金剛蓮華となって、毘盧舎那如来の西方の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべてのブッダの清らかさを表す堅固不滅の法なのです。なぜなら、まさにすべてのブッダの本質が清らかであることによって、貪欲すらも汚れないものとなるからです!」

[業波羅蜜菩薩の顕現]

次に北方・不空成就如来は、世尊・毘盧舎那如来が有するすべての如来たちの智慧・一切如来智に法王の資格を承認する印を押すために、羯磨波羅蜜菩薩のエネルギーから出現した堅固不滅のエネルギーを注ぐ(加持金剛)という名の瞑想に入り、すべての如来たちの羯磨の悟り女(一切如来羯磨三昧耶女)という名の不空成就如来の配偶者の印契女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「羯磨金剛女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から無数の羯磨の光が放出しました。するとかの尊き持金剛は、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来となって出現し、毘盧舎那如来の一切如来智に法王の資格を承認する印を押すと、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、すべての宇宙を合一したほどの巨大な羯磨金剛となって、毘盧舎那如来の北方の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべてのブッダの数知れない堅固不滅の羯磨なのです。なぜなら私はひとつであるにもかかわらず、あらゆる生きとし生けるものの世界に余すところなく働きかけるからです!」

『八供養菩薩の出生』

[内の四供養菩薩の顕現]

こうして四仏から四波羅蜜菩薩を献上された世尊・毘盧舎那如来は、今度は四仏それぞれに供養菩薩を贈りました。

[金剛嬉菩薩]

世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちを喜ばせることによって供養するエネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちが愛して止まない大天女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛嬉戯女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から無数の金剛印契女が出現しました。さらにその金剛印契女の口から、かの尊き持金剛が全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来となって現れ、それらは集合エネルギーとしてひとつに固まり大天女、すなわち大変器量が良く、金剛薩埵の連れ合いにぴったりで、様々な色や形の装飾品を身につけ、立ち振る舞いも極めて美しい、すべての如来たちの結合の原理としてその愛欲を煽る遊女である金剛嬉戯女は、金剛薩埵の愛人として出現し、阿閦如来の左側、つまり原図曼陀羅における外円の東南の隅の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、あらゆる自らを生み出すものを供養することにかけては、私ほど優れたものはありません。なぜなら、私がするように愛欲の歓びによって供養することがあってこそ、すべての供養が成り立つからです!」
 [金剛鬘菩薩]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちを宝の頭飾り(宝鬘)で王位を授ける(灌頂)エネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちが愛して止まない大天女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛鬘女よ」この心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から無数の宝の印契女が出現しました。そしてこれら大印契女から、かの尊き持金剛は全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来となって現れ、集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛鬘大天女となって、宝生如来の左側、つまり原図曼陀羅における外円の南西の隅の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に宝供養女と呼ばれる私は誰よりも優れたものです。なぜなら、私によって供養されたものは、全宇宙の最高の王権を有するからです!」

[金剛歌菩薩]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちを歌によって供養するエネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちが愛して止まない大天女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛歌女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から、すべての如来たちに一切平等の真理に至らしめる大印契女が出現しました。そしてその大印契女から、かの尊き持金剛は全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来となって現れました。その如来たちは集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛歌大天女となって観自在王如来の左側、つまり原図曼陀羅における外円の西北の隅の月の珠(月輪)に座り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべての見物者を歌によって供養するものです。なぜなら、それはただの歌声にもかかわらず、すべてを喜ばせる供養になるからです!」

[金剛舞菩薩]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちを舞踊によって供養するエネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちが愛して止まない大天女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛舞女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)からすべての如来たちを舞踊によって供養する広大なそのやり方を印す一切如来一切舞供養広大儀軌印契女が出現し、それらより、かの尊き持金剛は全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来となって現れ、集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛舞大天女となって、不空成就如来の左側、つまり原図曼陀羅における外円の北東の隅の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべての供養によって恵みを与えようとするものにとっての広大な供養です。なぜなら、堅固不滅な舞踊のやり方によって、ブッダへの供養が図られるからです!」

このように世尊・毘盧舎那如来より四方四仏それぞれに贈られた内の四供養菩薩、すなわちこの上ない安楽と満足を与える金剛嬉女(東方・阿閦如来への贈り物)、すべての如来たちの豪華な頭飾りである金剛鬘女(南方・宝生如来への贈り物)、すべての如来たちの詩歌である金剛歌女(西方・観自在王如来への贈り物)、すべての如来たちにこの上ない舞踊の供養を施す金剛舞女(北方・不空成就如来への贈り物)は、すべての如来たちの秘密の供養を司る女たちです。

[外の四供養菩薩の顕現]

こうして毘盧舎那如来より、それぞれに供養菩薩を賜った四方四仏は、その返礼に供養菩薩を毘盧舎那如来に献上するのでした。

[金剛香菩薩]

まず東方・阿閦如来は、すべての如来たちを歓ばせる女によって供養しようというエネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちの遊女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛焼香女よ」その心中(フリダヤ)が実現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から、かの尊き持金剛は、すべての堅固不滅の世界を満たしている焼香による供養の雲となって現れました。その焼香による供養の雲から全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現して、それらが再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛焼香天女となって、中尊・毘盧舎那如来の金剛摩尼宝頂楼閣(曼陀羅の中心を囲む四角い内枠)の東南の角の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私は大供養女、すべての如来たちを歓ばせる最高の女です。なぜなら、すべての生きとし生けるものを魅惑する仕方によってこそ、速やかに悟りの境地に到達させられるからです!」

[金剛華菩薩]

次に南方・宝生如来は、すべての如来たちを宝物で満たして供養しようというエネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちの護りの門の女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛華女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から、かの尊き持金剛はすべての堅固不滅の世界を満たしているあらゆる供養の華の種となって世界を美しく彩りました。その供養の華から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現し、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛華天女となって中尊・毘盧舎那如来の金剛摩尼宝頂楼閣(曼陀羅の中心を囲む四角い内枠)の南西の角の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私は華供養女、すべてを美しく彩る女です。なぜなら私が供養するからこそ、すべての生きとし生けるものへ速やかに如来の宝物を贈ることが出来るからです!」

[金剛燈菩薩]

次に西方・観自在王如来は、すべての如来たちを灯明によって供養しようというエネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちの使い女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛燈明女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から、かの尊き持金剛はあらゆる悟りの世界を満たしているすべての供養の燈明になって世界を明るく照らしました。その供養の燈明から、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現して、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛燈明天女となって中尊・毘盧舎那如来の金剛摩尼宝頂楼閣(曼陀羅の中心を囲む四角い内枠)の西北の角の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私は燈明の光そのものを本質とする広大にして賛美されるべき供養女です。なぜなら、心に燈明を持つ人は、速やかになにものをも見通すブッダの眼を持つことになるからです!」
 [金剛塗菩薩]

次に北方・不空成就如来は、すべての如来たちを塗香によって供養しようとするエネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちの召使い女を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛塗香女よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から、かの尊き持金剛はすべての世界を満たしている供養の塗香となって世界を神々しい香で塗り込めました。その供養の塗香から全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現して、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛塗香天女となって中尊・毘盧舎那如来の金剛摩尼宝頂楼閣(曼陀羅の中心を囲む四角い内枠)の北東の角の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、私こそは塗香をその本質とした供養女、思いのままに妙なる香を天から降り注ぐ女です。なぜなら私は、如来の塗香をすべての生きとし生けるものに与えるからです!」

このように四方四仏から毘盧舎那如来に贈られた外の四供養菩薩、すなわちすべての如来たちの智慧を注がれた金剛香女(東方・阿閦如来の贈り物)、偉大な悟りを分け与えられた金剛華女(南方・宝生如来の贈り物)、すべての如来たちの真理の燈明である金剛燈女(西方・観自在王如来の贈り物)、ブッダの功徳の身体を表す、戒・定・慧・解脱・解脱知見という五分法身を体現した金剛塗女(北方・不空成就如来の贈り物)は、すべての如来たちの命令に従う女たちです。

『四摂菩薩の出生』

[金剛鉤菩薩]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちのエネルギーを鉤によって引き寄せようというエネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちの印契女の集まりの主を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛鉤よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から、かの尊き持金剛はすべての如来たちのすべての印契女の集団となって現れました。そのすべての印契女の集団から全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現し、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛鉤大菩薩となって、毘盧舎那如来の金剛摩尼宝頂楼閣(曼陀羅の中心を囲む四角い内枠)の東正面の金剛門の中央にある月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべてのブッダの堅固なる引き寄せの力です。なぜなら、私によって引き寄せられた者たちはすべて、金剛界大曼陀羅に引き戻されてブッダとなるからです!」

[金剛索菩薩]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちのエネルギーを引き入れようとするエネルギーから出現した金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちの印契を引き入れる門番を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛索よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から、かの尊き持金剛は、すべての如来たちを引き入れる印契の集団となって現れました。そのすべての印契の集団から全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現し、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛索大菩薩となって毘盧舎那如来の金剛摩尼宝頂楼閣(曼陀羅の中心を囲む四角い内枠)の南面の中央にある宝門の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべてのブッダの堅固な引き入れの力です。なぜなら、すでに微細な塵芥となってしまった者ですら、私によってすべて金剛界大曼陀羅に引き戻され、ブッダとなるからです!」

[金剛鏁菩薩]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちのエネルギーを鎖で縛りつけようとする大薩埵のエネルギーから出現した薩埵金剛という瞑想に入り、すべての如来たちのエネルギーを結縛するすべての如来たちの使者を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛縛よ」この心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から、かの尊き持金剛はすべての如来たちのエネルギーを縛りつける印契の集団となって現れました。その集団より全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現し、集合エネルギーとしてひとつに固まり、金剛鏁大菩薩となって毘盧舎那如来の心中に入り、再びそこから出て毘盧舎那如来の金剛摩尼宝頂楼閣(曼陀羅の中心を囲む四角い内枠)の西面の中央にある法門の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべてのブッダの堅固不滅の鎖です。なぜならすでに煩悩という鎖を解き放ち、解脱したものであっても、生きとし生けるものを解脱させるためには、さらに鎖が必要だからです!」

[金剛鈴菩薩]

次に世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちを魅惑しようとするエネルギーから出現した薩埵金剛という名の瞑想に入り、すべての如来たちの印契の奴隷を自らの心中(フリダヤ)から心呪(フリダヤ)と共に出しました。「金剛入よ」その心呪(フリダヤ)が出現したとみるや、すべての如来たちの心中(フリダヤ)から、かの尊き持金剛はすべての如来たちのすべての印契の集団となって現れました。その印契の集団から全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来が出現し、再び集合エネルギーとしてひとつに固まり金剛入大菩薩となって、毘盧舎那如来の金剛摩尼宝頂楼閣(曼陀羅の中心を囲む四角い内枠)の北面の中央にある羯磨門の月の珠(月輪)に座りました。そして次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実に私はすべてのブッダの堅固不滅なあらゆる生きとし生けるものを魅了し引きつける力です。なぜなら、私はすべての人々の主人であると同時に、奴隷でもあるからです!」
このように世尊・毘盧舎那如来によって顕現した四摂菩薩、すなわちすべての如来たちの引き寄せの力である金剛鉤菩薩、引き入れの力である金剛索菩薩、縛りつける力である金剛鏁菩薩、敬愛の力である金剛鈴菩薩は、すべての如来たちの命令を実行に移すもの達です。

『一切如来の集会』

こうして金剛界大曼陀羅を構成する菩薩達、いわゆる十六大菩薩、四波羅蜜菩薩、八供養菩薩、四摂菩薩が出揃ったところで、世尊・毘盧舎那如来は、すべての如来たちを集めるエネルギーを注入するために、堅固不滅の指打ち(金剛弾指)で合図しました。そしてすべての如来たちに集合を掛ける心呪(フリダヤ)を発音しました。「金剛集会(しゅうえ)よ」するとその刹那、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来たちは、その合図に呼応して、数知れない菩薩たちを伴って雲海の如く寄り来たり、金剛摩尼宝頂楼閣におわす毘盧舎那如来の許に集合しました。そして世尊・毘盧舎那如来に近づいて、それぞれに、

オーム サルバタターガタ ヴァンダナーム カローミ(オン サラバタタギャタ ハンナマンナ ノーキャロミ)*オーム 我は一切如来の身足に頂礼したてまつる

という、すでに想いが叶えられているところの(本性成就)の真言を唱えつつ、すべての如来の主であられる毘盧舎那のおみ足に恭しく礼拝して、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、毘盧舎那如来に歓待されるとは、何と素晴らしいことでありましょうか。今こうして、すべての如来たちの輪の中央に毘盧舎那如来は輝いておるのです!」この頌(詩)を唱えた後、すべての如来たちは、四方におられる阿閦如来、宝生如来、観自在王如来、不空成就如来に霊エネルギーを注入されることにより、一斉に毘盧舎那如来の心中(フリダヤ)に入りました。すると今度は、すべての如来たちの心中から数え切れない菩薩たちが現れ、金剛摩尼宝頂楼閣の周囲を取り囲んで曼陀羅(悟りの宇宙世界)を形成しました。そして一斉に瞑想に入り、次のような頌(詩)によって心の内の喜びを表明したのでした。「ああ、実にすべてのブッダが集合した光景は、壮観であり永遠不滅です。なぜなら、全宇宙を構成する極微細な塵(素粒子)の数ほどの如来たちが、ここにこうして集まることによって、集合エネルギー体としてひとつになっているからです!」

『灌頂作法』
 ※ここからは、毘盧舎那如来が構築した金剛界大曼陀羅という『悟りの宇宙世界』を我々が追体験する、つまり金剛界大曼陀羅を自らが毘盧舎那如来(金剛薩埵)となって実際に構築する(描く)ことで、その「悟りの宇宙世界」を体現し、自分は全宇宙の根源的な生命エネルギー(毘盧舎那如来)そのものであると認知する(悟る)ための儀軌(カリキュラム:修行の学習過程を記述したもの)となる※

[百八名勧請]

さてここで、かの尊きすべての如来たち(ここからは我々密教修行者を指す)は、改めて集合し、この金剛界大曼陀羅にエネルギーを注入するために、そしてあらゆる生きとし生けるものを余すところなく救い、すべての生きとし生けるものに恵みを与え安楽を得させるため、さらにすべての如来たちのあられるものはすべて平等であるという智慧と、それに基づくどんなことでも自由自在に出来る力と最高の悟りを獲得させるために、すべての如来たちの主であり、自らを生み出す世尊、永遠不滅の金剛を持つものである金剛薩埵(金剛薩埵は悟りの体現者であり、つまりは毘盧舎那如来そのものと解釈する)を、次のような百八の名を唱えることで勧請(賛美の言葉で迎え入れること)しました。

金剛薩埵よ、大薩埵よ、金剛よ、一切如来(の主)よ、普賢よ、金剛本初よ、金剛手よ、御身に身命を捧げます *金剛薩埵(金剛手菩薩)金剛王よ、妙なる悟りを得たもののうちの最上の者よ、金剛鉤よ、如来(の王)よ、不空王よ、金剛最上者よ、金剛鉤招よ、御身に身命を捧げます *金剛王菩薩(金剛鉤菩薩)金剛愛よ、大安楽よ、金剛の箭(矢)よ、征服者よ、大愛欲よ、金剛弓よ、御身に身命を捧げます *金剛愛菩薩(金剛箭菩薩)金剛善哉よ、善き人々のうちの最上の者よ、金剛喜よ、大いなる適悦(エクスタシー)よ、歓喜王よ、金剛最上者よ、金剛喜悦よ、御身に身命を捧げます *金剛喜菩薩金剛宝よ、善金剛利益よ、金剛虚空よ、大摩尼よ、虚空蔵よ、金剛富よ、金剛蔵よ、御身に身命を捧げます *金剛宝菩薩金剛威光よ、金剛光焰よ、金剛日よ、勝者の光よ、金剛光明よ、大威光よ、金剛光よ、御身に身命を捧げます *金剛光菩薩金剛幢よ、善衆生利益よ、金剛幢幡よ、よく喜ばせる者よ、宝幢よ、大金剛よ、金剛竿よ、御身に身命を捧げます *金剛幢菩薩金剛笑よ、大笑よ、金剛微笑よ、大希有よ、喜楽よ、金剛最上者よ、金剛喜よ、御身に身命を捧げます *金剛笑菩薩金剛法よ、善衆生利益よ、金剛蓮華よ、よく清らかにする者よ、世自在よ、善金剛眼よ、金剛眼よ、御身に身命を捧げます *金剛法菩薩金剛利よ、大乗よ、金剛精よ、大いなる器仗(武器)よ、文殊師利よ、金剛甚深よ、金剛覚慧よ、御身に身命を捧げます *金剛利菩薩金剛因よ、大曼陀羅よ、金剛輪よ、大理趣よ、よく法輪を転ずるものよ、金剛起よ、金剛曼陀よ、御身に身命を捧げます *金剛因菩薩金剛語よ、よき明智の最上なるものよ、金剛念誦よ、よく悉地を齎すものよ、無言なるものよ、金剛悉地の最上なるものよ、金剛語言よ、御身に身命を捧げます *金剛語菩薩金剛業よ、よき金剛教令よ、羯磨金剛よ、よく一切処に遍ずるものよ、金剛不空よ、極広大なるものよ、金剛毘首よ、御身に身命を捧げます *金剛業菩薩金剛護よ、極めて堅忍なるものよ、金剛鎧よ、大堅固よ、無敵なるものよ、勇猛精進の最上者よ、金剛精進よ、御身に身命を捧げます *金剛護菩薩金剛薬叉よ、大方便よ、金剛牙よ、大畏怖よ、摧大力魔よ、金剛最上者よ、金剛暴悪よ、御身に身命を捧げます *金剛牙菩薩金剛結よ、善聚集よ、金剛結縛よ、解縛よ、金剛拳最上三昧耶よ、金剛拳よ、御身に身命を捧げます *金剛印菩薩

誰であれ、この百八の名を所持するものであれば、その人は金剛名灌頂(金剛という名を冠せられる灌頂儀式)のうちの最上の灌頂を授けられるでしょう。誰であれ、大持金剛(金剛薩埵)の徳を表現するこの百八の名を不断に詠唱し、讃唱するならば、その人もまた持金剛(金剛薩埵)と等しいものとなるでしょう。私たちによって、あなたは百八の名によって賛嘆されるでしょう。そうしたら、なにとぞあなた(金剛薩埵)はすべての生きとし生けるものを悟りに導く(大乗)大いなる真理への道を開示してください。主(金剛薩埵)よ、私たちはあなたにお願い申し上げます。説きたまえ、最上の儀軌(悟りのマニュアル)を。すべてのブッダの大いなる法輪を。最上の曼陀羅を・・。

[図絵曼陀羅としての金剛界大曼陀羅の説示]

このすべての如来たち(すなわち私たち)の勧請の言葉を聞いた世尊・持金剛(金剛薩埵)は、そこですべての如来たちの悟りのエネルギーから出現した金剛加持という名の瞑想に入り、金剛界という名の大曼陀羅を次のように説き明かしました。

「では、これから私は、最も勝れた曼陀羅を解き明かそう。実際の金剛界という最上の悟りの世界と全く相違のない、すなわち金剛界そのものの曼陀羅を・・。規則に従って曼陀羅の中央に座り、大薩埵(金剛薩埵)の大印契女である四波羅蜜菩薩(女)と冥合する(要するに性行為に及ぶ)と観想(イメージ)し、そのエネルギーを注入(加持)せよ。大印契女との冥合を終えた後、その瞑想状態から立ち上がって四方を凝視しながら傲慢な様子で歩き回り、『我こそは金剛薩埵なり』と宣言し、次のように曼陀羅を描きなさい。新しく、よく紡がれた布の上に、あなたは出来うる限りに美しく正確な寸法の曼陀羅の線を引くように心がけなさい。まず、四角形を外と内に升状になるように描いて外郭を作り、その四辺の中央に、それぞれ荘厳に装飾された鳥居門を描き、四隅には櫓を置き、その外郭の間に金剛宝を鏤め、綾布と華鬘によって飾り立てなさい。その外郭の中に入ると、そこは法輪を模った円形の城市がある。そこは金剛線によって取り囲まれ、豪華に装飾された金剛柱によって東西南北、東南、南西、西北、北東に八分割され、中央並びに東西南北に五つの大きな月輪(球形のエネルギー領域と解する)が美しく配置されている。その中央の月輪の真ん中に、小さな月輪に囲まれたブッダ(毘盧舎那如来)の姿を描きなさい。そしてその中央の毘盧舎那如来の東西南北の小さな月輪の中に、それぞれ四人の三昧耶最勝女(四波羅蜜菩薩のこと)を描きなさい。次に堅固な意志をもって歩み寄り、東西南北の四方の大きな月輪の中に、それぞれ小さな月輪に囲まれた四仏(阿閦、宝生、観自在王、不空成就のこと)を描きなさい。さらに東方の阿閦如来の周囲に、小さな月輪に囲まれた持金剛(金剛薩埵のこと)以下の四仏の一切如来(四親近菩薩のこと)を描き、阿閦如来の曼陀羅を完成させなさい。同じように南方の宝生如来の周囲に、小さな月輪に囲まれた金剛蔵(金剛宝菩薩のこと)以下の四親近菩薩を描き、宝生如来の曼陀羅を完成させなさい。同じように西方の無量寿如来(阿弥陀如来、すなわち観自在王如来のこと)の周囲に、小さな月輪に囲まれた金剛眼(金剛法菩薩のこと)以下の四親近菩薩を描き、無量寿如来の曼陀羅を完成させなさい。同じように北方の不空成就如来の周囲に、小さな月輪に囲まれた金剛羯磨(金剛業菩薩のこと)以下の四親近菩薩を描き、不空成就如来の曼陀羅を完成させなさい。そしてそれらを取り囲む円形の城市の内側の四隅に、内の四供養菩薩である嬉、鬘、華、舞の金剛天女を描きなさい。曼陀羅の外郭の四隅には、外の四供養菩薩である香、華、燈、塗の供養女を描きなさい。その外郭の東西南北の門の中央に、それぞれ四摂の菩薩である鉤、索、鏁、鈴の護門者を配置しなさい。曼陀羅の外郭の間を、諸々の大薩埵(原図金剛界曼陀羅の成身会では賢劫千仏を配するが、降三世会には賢劫十六尊の菩薩が描かれている。また金剛頂経の後に成立した秘密集会タントラでは、五如来の親族縁者の菩薩となっている)を描きなさい」

大曼陀羅広大儀軌品之三

[金剛阿闍梨が曼陀羅に入る作法]

「それから、金剛阿闍梨は儀軌(マニュアル)に従って、三昧耶最勝女(四波羅蜜菩薩のこと)の印契を結びながら曼陀羅に入り、そしてその印を解いた後、印契女との瑜伽(性行為によって得られるエクスタシーの境地)に入りなさい。これがこの場合の、すべての印契女との瑜伽の境地に入るための心呪である。アク然るべき手続きに従って教誡(教え戒め)を賜わることを求め、同様に自らにエネルギーを注入(加持)し、自らの名前を告げてから、金剛(杵)でもってこの作法を完了させなさい。次に、金剛阿闍梨は薩埵金剛印(金剛縛印)を結んで、弾指(人差し指を弾く所作)と拍掌(手を叩く所作)をしながら、すべてのブッダを集合させなさい。その刹那、金剛薩埵に伴われたすべてのブッダは、この金剛界大曼陀羅に溢れ返るほどの数が集合するだろう。そうしたら、速やかに大印を結んで、金剛薩埵を勧請(招く)するために最も価値のある百ハ名(前述)を一度だけ唱えなさい。そのことによって、ここに集合した大勢の如来たちは、みな歓喜してそこから離れなくなるだろう。また、自らが金剛薩埵となること(入我我入)によって、それらすべての如来たちは友として近くに座るだろう。次に大羯磨最勝印を結んで、四つの門にいる鉤、索、鏁、鈴の四摂の菩薩と融合しなさい。諸々の三昧耶最勝印、薩埵金剛印を結び、

ジャク ウン バン コク{ジャハ フーン バン ホーホ}

と四摂菩薩の心呪を唱えながら、それぞれの大薩埵(四摂の菩薩のこと)との冥合を完了させなさい。そうすると、すべてのブッダや菩薩、天部たちは、鉤に引っ掛けられ、索で引き寄せられ、鏁に縛られ、鈴で癒されることによって、この曼陀羅の集合体から離れることが出来ずに、金剛阿闍梨の支配下に置かれるだろう。

[弟子の入壇作法]

{金剛界大曼陀羅に入るための素質}

次に、今度は金剛弟子が金剛界大曼陀羅に入るための儀軌(マニュアル)を説く。この「入る」ということに関してだが、まず金剛弟子は、全宇宙のあらゆる生きとし生けるものを残らず救済すること、さらにあらゆる生きとし生けるものに恵みを与え安楽にするために最高の悟りを達成しようという心構えがなければならない。ただし、この金剛界大曼陀羅に入るに際して、その金剛弟子に素質があるかないかは問題にならない。なぜなら、すべての如来たち(あなた方)よ、聞きなさい。たとえその人たちが大きな罪を犯していようとも、この金剛界大曼陀羅を観、そして入るのなら、すべての罪悪から離れたものとなるからである。またたとえその人たちがあらゆる財産や食べ物や飲み物などに執着し、戒律を守ることを嫌い、曼陀羅に入るための前行が不出来であったとしても、この金剛界大曼陀羅に入ることになれば、欲望のままに行動しようとも、すべての願望は完全に満たされることになるからである。またある人々は、踊りや歌やお笑いや芝居、あるいは美食などのあらゆる娯楽に耽り、さらにすべての如来たちが持つあらゆる生きとし生けるものを悟りに導くという大乗の尊い教えに目覚めていないために、他の神々を信仰してその教えの世界に入り、充分に満足してしまい、多くの人々をその信仰の道に導く活動をしているが、それらの人々にこの上ない喜びと満足を与えるすべての如来たちの曼陀羅には、その教えに従い修行をすることを恐れてなかなか入ろうとしない。しかし、その外教に堕ちた人々こそ、この金剛界大曼陀羅に入るべきなのである。なぜならそれは必ずや彼らに、あらゆる喜びと満足を得させる最上の悟りを実現させ、彼らが歩んでいる悪い方向へ向かう道を転覆させるからである。さらに、正しい教えに従い、戒(戒律)、定(瞑想)、慧(智慧)という修行に邁進し、四禅(初期仏教の四つの瞑想修行)や八解脱(同じく初期仏教の八段階の解脱修行)、あるいは菩薩の十地の修行(大乗仏教の悟りに至る十段階の菩薩行)などの仏道修行に奮闘努力しながらも、なかなか目指す悟りに至らずに苦しんでいる人もいる。しかし、そんな人でも、この金剛界大曼陀羅に入るならば、そのことだけでブッダの悟りを得られ、すべての如来たちと同等のものとなれる。まして他の悟りの境地が得られない筈がない。

[四礼]

金剛阿闍梨は、まず最初に金剛弟子に四方におられる一切如来(阿閦、宝生、観自在王、不空成就)とその眷族の菩薩たちに礼拝するよう指導しなさい。金剛弟子は、まず次の真言を唱えながら、金剛合掌したその手を頭上に上げ、全身を地に付ける五体投地をし、東方・阿閦如来とその眷族の菩薩たちに礼拝しなさい。

オーム サルバタターガタプージャーウパスターナーヤ アートマーナム ニルヤータヤーミ サルバタターガタ バジェラサトヴァ アディティシュタスヴァ マーム{オーム 一切如来に供養し親近せんがために、我は我自らを捧ぐ。金剛薩埵よ、我を加持せよ}

そこから立ち上がり、金剛弟子は金剛合掌を胸の前に置いて、次の真言を唱えながら、額を地に付けて南方・宝生如来に礼拝しなさい。

オーム サルバタターガタプージャーアビシェーカーヤ アートマーナム ニルヤータヤーミ サルバタターガタ ヴァジェララトナ アビシンチャ マーム{オーム 一切如来に供養し彼らより灌頂を授けられるために、我は我自らを捧ぐ。一切如来よ、金剛宝よ、我を灌頂せよ}

そこから前と同じように立ち上がり、今度は金剛合掌を頭に載せて、次の真言を唱えながら顔を地に付けて、西方・阿弥陀如来(観自在王如来)に礼拝しなさい。

オーム サルバタターガタプージャープラヴァルターナーヤ アートマーナム ニルヤータヤーミ サルバタターガタ ヴァジェラダルマ プラヴァルタヤ マーム{オーム 一切如来に供養し法輪を回させるために、我は我自らを捧ぐ。一切如来よ、金剛法よ、我がために法輪を転ぜよ}

そこから前と同じように立ち上がり、今度は金剛合掌を頭から胸の前に戻し、次の真言を唱えながら頭上を地に付けて、北方・不空成就如来に礼拝しなさい。

オーム サルバタターガタプージャーカルマネー アートマーナム ニルヤータヤーミ サルバタターガタ ヴァジェラカルマ クル マーム{オーム 一切如来に供養し、衆生利益の働きをなさんために、我は我自らを捧ぐ。一切如来よ、金剛羯磨よ、我がためにその働きをなせ}

[覆面・執華]

次に赤い衣と上衣を着て、面を赤い布で覆われた弟子は、次のような心呪と共に薩埵金剛印(金剛縛印)を結びなさい。

サマヤス トバム *汝は三昧耶(金剛薩埵とわたしは分け隔てなく平等) なり*

それから阿闍梨は、薩埵金剛印(金剛縛印)を結んだ弟子の華鬘を結び付けて、次のような心呪と共に弟子を曼陀羅に入れなさい。

サマヤ フーム *三昧耶よ、フーム*

[誓誡・誓水]

次いで弟子を曼陀羅に入れた阿闍梨は、彼に次のように告げなさい。「今日、あなたはすべての如来たちの仲間になった。だから私はあなたにダイヤモンドのように堅固で永遠に光り輝く智慧を思い起こさせるだろう。そしてその智慧によって、あなたはすべての如来たちの悟りの境地すらも獲得するだろう。ましてそれよりもレヴェルの低い境地ならなおさらである。しかし、あなたはまだ曼陀羅を見ていない人に、そのことを語ってはならない。もし他の人にそのことを語ったならば、せっかく得たあなたの悟りの智慧が、跡形もなく消え失せてしまうだろう」次に阿闍梨は、自ら薩埵金剛印(金剛縛印)を結び、その印を下に向けて弟子の頭のテッペンに付け、次のように告げなさい。「この印は、ダイヤモンドのように堅固不滅の宇宙の本質を示すものである。もしあなたが他の誰かにこのことを話したならば、この印はあなたの頭を瞬時に粉々に粉砕するだろう」次に同様にその印でもって、用意した水に智慧のエネルギーを注入し、心呪を一編唱え、エネルギーを加えられて智水となったその水を弟子に飲ませる。その心呪とは次のようなものである。

ヴァジェラサットヴァ スヴァヤム テー アドヤ フリダエー サムアヴァスティタハ ニルブヒドヤ タットクチャナム ヤーヤード ヤデェイ ブルーヤード イマム ナヤムヴァジュローダカ タハ

*金剛薩埵は今や汝の心臓に正しく確立されている。汝がもしこの悟りに至る真理を他に語るならば、それはたちどころに汝の心臓を破って出て行ってしまうだろう*

次に阿闍梨は弟子に、次にように語りなさい。「今日より以降、私はあなたにとっては金剛手菩薩(金剛薩埵)である。あなたに私がこれをしなさい、と言ったことは必ずしなければならない。また、あなたは私を軽蔑したり侮ったりしてはならない。あなたが私に仕える労を惜しむならば、あなたは死んでから地獄に落ちるだろうが、決してそのようなことがないように」このように言い聞かせてから、金剛阿闍梨は、弟子に次のように告げなさい。「あなたはここでこのように宣言しなさい。すべての如来たち、私にエネルギーを注入したまえ、金剛薩埵は私に入りたまえ、と」

[加持護念・同真言]

次に金剛阿闍梨は速やかに薩埵金剛印(金剛縛印)を結びながら、次のような偈(詩)を説くべきである。「まさにこの金剛堅固を表す形(印)こそ、金剛薩埵に他ならない。まさに今、この上ない金剛堅固の智慧を、汝にいらしめよ。

ヴァジェラアーヴァーシャ アハ *金剛入よ、アハ*

次に阿闍梨は忿怒拳を結んで、弟子が結んでいる薩埵金剛印(金剛縛印)を崩させ、そして金剛堅固な言葉によって、あらゆるものを悟りに至らせる大乗の悟りを弟子に説き明かしなさい。すると、永遠不滅に光り輝くダイヤモンドのような智慧が弟子に入る。弟子はその智慧によって他人の心を知る。過去、現在、未来において、自分の為すべきことを知るだろう。そしてその心は、すべての如来たちの教えを信じ理解することが堅固となるだろう。またこの弟子の苦しみは消えてなくなるだろう。また彼はすべての恐れを離れたものとなり、いかなる人々の間にあっても害されることはなく、すべての如来たちは彼にエネルギーを与え守ってくれるだろう。またすべての可能性は彼の目の前に広がるだろう。そしてこの弟子は、今までに経験したこともなかったような心からの喜びと満足をもたらす楽しさに浸る。そのこの上ない楽しさに加えて、ある弟子の中には、願うことがすべて叶うだろうし、またある弟子の中には、すべての如来たちの本質と同化し宇宙とひとつになる喜びを味わうだろう。そこで弟子は、再び薩埵金剛印(金剛縛印)を結び、自らの胸の前で、次のような心呪を唱えながら解きなさい。

「ティシュタヴァジェラ ドリドー メー ブハヴァ シャーシュヴァトー メー ブハヴァ フリダヤム メー アディティシュタ サルヴァシッディム チャ メー プラヤッチャ フーム ハ ハ ハ ハ ホーホ*金剛よ、安立せよ。我にとって堅固であれ。我にとって永遠であれ。我の心魂を加持せよ。そして我にすべての悟りを与えよ。 フーム ハ ハ ハ ハ ホーホ*」

[投華得仏]

次に弟子は、手にしていた華鬘を次のような心呪と共に大曼陀羅に投げ入れる。「プラティイッチャ ヴァジェラ ホーホ *受けよ、金剛よ*」そしてその華が上に落ちたところの尊が、彼の本尊となる。次いで阿闍梨は、その華鬘を取って、次のような心呪と共に、その華を弟子の頭に結び付ける。

「オーム プラティグリフナ トヴァム イマム サットヴァム マハーヴァラハ*オーム 汝はこのものを受け入れよ。汝、偉大な力を持つものは*」

その華鬘が頭に結ばれたことによって、その弟子は、その偉大なる存在者(仏尊)と同化したものとなる。そしてその弟子は、たちどころに悟りを得たものになる。

[覆面を解く真言]

次に阿闍梨は、このように曼陀羅の一尊と入我我入した弟子の覆面を、次のような心呪と共に解く。

「オーム ヴァジュラサットバハ スヴァヤム チー アドヤ チャクシュウドグハータナタットパラハ ウドグハータヤティ サルヴァークショー ヴァジュラチャクシュル アヌッタラム へー ヴァジュラ パシュヤ*オーム、金剛薩埵は今日、汝の眼を開かしむることに専念したまう。あらゆるものを見る者は、この上ない堅固不滅の眼を、汝に開かしむる。へー 金剛よ 見よ*」

[曼荼羅を見る功徳]

次に阿闍梨は、大曼荼羅を金剛鉤菩薩(最後に生成された鉤・策・鏁・鈴の四摂の菩薩)から大毘盧舎那如来までの生起のプロセスを逆に辿って見せるだろう。そして、大曼荼羅を見せるや直ちに、弟子はすべての如来たちによってエネルギーを注入(加持)され、そのことによって、金剛薩埵は彼の心臓(フリダヤ)に安住する。その時、弟子は、金剛薩埵が光り輝くエネルギー球体(光明輪)を現すなどの不思議な力を発揮するのを見るだろう。弟子はすでに、すべての如来よりエネルギーを注入されているから、時には世尊である大持金剛(偉大なる金剛薩埵)がその姿を現わすのを見るかも知れない。もちろん如来に至っては、当然、彼の前に姿を現わす。この時より、この弟子は、すべての恩恵(利益)が与えられるだろう。彼がしようとすることは、すべて彼の意に叶うものとなり、そしてすべての霊験が達成されるだろう。なおかつ、持金剛(金剛薩埵)であることも、如来であることも、思いのままに実現できるだろう。

[瓶(びょう)灌頂]

大曼荼羅を弟子に見せた阿闍梨は、そこで水瓶に入れた香水を金剛(杵)によってエネルギーを注入(加持)し、次のような心呪とともに灌頂(智水を頭上に灌ぐ儀式)するだろう。「ヴァジュラ アビシンジャ ※ヴァジュラよ、灌頂せよ※」
 [金剛主灌頂]

次に阿闍梨は、弟子が覆面をしていた時に大曼荼羅に投げた華(投華)によって選んだ特定の一尊の、その印契を弟子に結ばせ、その印に華飾りをつけ、それを手に持たせた上、このように告げるだろう。「今日、汝は諸仏によって、めでたく金剛灌頂を授けられた。今、手にしている華は、汝の仏性そのものである。良き霊験(悉地)を得るために、この金剛をしっかり握りしめ持ち続けよ。

オーム ヴァジュラアディパティトヴァム アヴィシンチャーミ ティシュタ ヴァジュラサマヤス トヴァム※オーム 我は汝に金剛主の本質を灌頂せん。安立せよ、金剛よ。汝は三昧耶なり※」

[金剛名灌頂]

さらに阿闍梨は、次のような真言によって、弟子に金剛名灌頂を授けるだろう。「オーム ヴァジュラサトヴァ トヴァーム アヴィシンチャーミ ヴァジュラナーマアヴィシェーカタハ へーヴァジェラ (ナーマ)※オーム 金剛薩埵よ。汝を我は金剛の名によって灌頂す。金剛なにがしよ※」なお、この場合、その人に与えられるであろうところの金剛名の前に、「へー」という呼びかけの言葉を発するべきである。

[悉地を成就する智慧]

{四種悉地智}

次に阿闍梨は弟子にこう言うだろう。「何が汝の心に叶うものなのか。仏の恩恵を受ける成就の智慧か。それとも神通力を得る成就の智慧か。それとも真言の霊力を成就する智慧か。さらにはすべて如来の最上の智慧を成就する智慧なのか」弟子が望むそれらのどれかの智慧が、弟子に授けられるべきである。

[利益の悉地を成就される智慧]

そこで阿闍梨は、弟子にまず、最初の仏の恩恵(利益)を成就させる智慧を学ばせるだろう。「地の奧深くに隠されている(伏蔵)、金剛杵の形を、自らの心臓(フリダヤ)の中で観想しなさい。それを観想するなら、その人は、地中にあるあらゆる隠された蔵を見ることが出来るだろう。金剛杵の形を描いて、それを空中に観想しなさい。それが落ちたところは、隠された蔵の在りかを指し示しているだろう。智慧ある人は、金剛杵の形を舌の上で観想しなさい。その舌は自ら「ここに隠された蔵がある」と語るが、それは真実である。自分自身の体を、金剛杵の形そのものであると観想しなさい。その観想が完全になったところで金剛杵は地面に落ちるだろうが、その場所が隠された蔵の在りかを指し示しているだろう」それらの宝の蔵を知るための心呪(フリダヤ)は次のとおりである。

ヴァジュラニデイ ※金剛の隠された蔵よ※ラトナニデイ ※宝の隠された蔵よ※ダルマニデイ ※法の隠された蔵よ※カルマニデイ ※活動の隠された蔵よ※」

[金剛の神通力を成就させる印契の智慧]

次に阿闍梨は弟子に、金剛の神通力を成就させる印契の智慧を学ばせるだろう。「投華によって結ばれた一尊と入我我入を果たした人は、水が金剛杵の形であると観想するならば、すぐにも成就者として水の上を自由に歩き回ることが出来るだろう。同じように入我我入の瞑想状態の中で、自らの正しい姿を生起し、それをブッダの姿であると観ずれば、その人はブッダの姿になるだろう。同じように入我我入の瞑想状態の中で、自分を「我は虚空なり」と観ずれば、その間は人に見られない状態で歩き回ることが出来るだろう。自ら入我我入の瞑想状態の中で、「我は金剛なり」と観ずれば、その人は意識が上昇している間、虚空を行くものとなるだろう。それらの神通力を得るための心呪(フリダヤ)は次の如くである。

ヴァジュラジャラ ※金剛水よ※ヴァジュラルーパ ※金剛色身よ※ヴァジュラアーカシャ ※金剛虚空よ※ヴァジュラム アハム ※我は金剛なり※」

[金剛の真言の霊力を成就させる印契の智慧]

次に阿闍梨は弟子に、金剛の真言の霊力を成就させる印契の智慧を学ばせるだろう。「月の形を描いて、それを天空に昇らせなさい。その状態で自らの手の中に金剛杵を観想するなら、その人は金剛の真言能力者となれるだろう。月の形を描いて、それを天空に昇らせて、その中に金剛宝を観想しなさい。この観想によって自らの心を清らかにしたなら、その刹那に空中に浮遊し、望む限りの時間、そこに留まることが出来るだろう。月の形を描いて天空に昇らせ、その月に登りながら、手にある金剛蓮華を「金剛眼なり」と観想すれば、その人は自らに真言能力者の位を与えることになるだろう。虚空に月を観想し、その中央に座り、手の中に羯磨金剛を観想しなさい。羯磨金剛を持つことによって、彼はたちどころにすべての霊験を発起する真言能力者となるだろう。それら真言能力者となるための心呪(フリダヤ)は次のとおりである。

ヴァジュラダラ ※持金剛者よ※ラトナダラ ※持宝者よ※パドマダラ ※持蓮華者よ※カルマダラ ※持羯磨者よ※」

[すべての如来の最上の悉地を完成される印契の智慧]

次に阿闍梨は弟子に、すべての如来の最上の霊験(悉地)を完成させる印契の智慧を学ばせるだろう。「この宇宙の中(虚空界)において、すべては光り輝き金剛不滅である(一切金剛三昧)と思念して、それによって自分が金剛の体になることが出来たなら、その人はその瞬間に空中に浮遊し、望む限りの時間、そこに留まることが出来るだろう。同様に、宇宙の中(虚空界)において、すべては清らかである(一切清浄三昧)と観想すると、その人は五つの神通力を獲得するだろう。そして彼はたちどころに、すべては清らかであるという智慧を完成させるだろう。すべての宇宙(虚空)は金剛薩埵によって形成されたものである、と堅固に念じ続ける人は、たちどころに持金剛(金剛薩埵)になることが出来るだろう。虚空界はその全体がブッダの映像であると信じて理解し、すべてはブッダである(一切仏三昧)と念じる瞑想修行をする人は、ブッダとなることが出来るだろう。それらのすべての如来の最上の悉地を得るための心呪(フリダヤ)は、次のとおりである。

ヴァジュラヴァジュラ ※金剛の中の金剛よ※シュッダシュッダ ※清らかなるもののうちの最も清らかなるものよ※サットヴァサットヴァ ※金剛薩埵の中の金剛薩埵よ※ブッダブッダ ※ブッダの中のブッダよ※

[秘密法]

{誓誡・心真言}

次に、弟子が秘密を保持することが出来るのなら、その弟子に対して秘密法が伝授される。まず最初に、弟子に次のような誓いの心呪(フリダヤ)を説くべきである。

オーム ヴァジュラサットヴァハ スヴァヤム テー アドヤ フリダエー サムアヴァスティタハ ニルブヒドヤ タットクシャナム ヤーヤード ヤディ ブルーヤード イダムナヤム※オーム 金剛薩埵は自ら今や汝の心臓(フリダヤ)に住したまう。もし汝がこの理趣(悟りに至る道)を他人に漏らすなら、金剛薩埵はその刹那に汝の心臓(フリダヤ)を破って出て行ってしまうだろう※」
次いで、次のように教えるべきである。「あなたはこの誓いの心呪(フリダヤ)を決して他人に教えてはならない。もし誓いを破るなら、あなたの身に危険が迫っても、それを回避出来ず、非業の死が待っているし、その身のまま地獄に堕ちることになるから、充分に気をつけるように」
 {秘密印契智}

次に秘密の印契の智慧を教えるべきである。「投華によって得た一尊との入我我入の境地の中で、あなたは金剛合掌したその手を、ほとんど聞こえないほど微かに打ちなさい。そうすれば山をも意のままに従わせることが出来るだろう。金剛拍印は、金剛入の所作を応用して、金剛縛した両手を左右から押し付けるように握り、次いで微かに打ち付ける。すると山ですら押し潰すことが出来るだろう。同様に、金剛入の所作を応用して、金剛縛した両手を伸ばし、両手の中指を伸ばして打つなら、たちどころに百族の侵攻を抑止することが出来るだろう。金剛入の所作を応用して、微かに両掌で拍掌し、金剛縛を解いてすべての指をひとつに合わせるなら、それはすべての苦を破壊する最勝の印となる」

{秘密成就法}

次は秘密成就法である。「愛欲の心でもって、女人の、あるいは男子の身に入りなさい。心で完全に入ったと観想出来たら、現実に相手の身体に等しく遍く満ちるだろう。同様に、拍掌の心呪(フリダヤ)は次の如くである。

ヴァジュラ ヴァシャ ※金剛よ、支配せよ※ヴァジュラ ヴィシャ ※金剛よ、入れ※ヴァジュラ ハナ ※金剛よ、殺せ※ヴァジュラ ハラ ※金剛よ、圧し潰せ※

[大三法羯・四種印の智慧]

次に阿闍梨は弟子に心呪(フリダヤ)を授けてから、弟子自身の念持仏の四印の智慧を学ばせるべきである。次のような作法(儀軌)によって弟子に告げるべきである。「それが誰であろうとも、これらの印契に通じていないものには、あなたはたとえひとつたりとも印契を示してはならない。なぜなら、未だ大曼荼羅を見ていない人々が印契を結んだとしても、霊験など起こる筈がないからである。そうすると彼らは必ず猜疑心に陥り、災いを招き、すぐにも死に至り、無間地獄に堕ちるだろう。またあなたは、その罪によって、死んだら最悪の世界に堕ちるだろう」

[大印の智慧]

{一切如来薩埵成就法における大印の智慧}

そこでまず、一切如来薩埵成就法における大印の智慧が、次のように教えられる。「心を知ることから始めて、金剛不壊の光明(金剛日)の境地を達成しなさい。自らがブッダの姿になったと観想して、それを金剛界に転じ入れなさい」この儀軌によってそれが達成されたなら、弟子はただちに智慧と長寿と若さを得て、さらにどこへでも行ける能力を得るだろう。また彼にとってブッダとなることも不可能ではない。これが一切如来の悟り(現等覚)の印契である。

[金剛薩埵成就法における大印の智慧]

次に金剛薩埵成就法において大印を結ぶ作法(儀軌)がある。「自ら金剛薩埵のような誇りに満ちて、金剛杵を振り(抽擲)、金剛慢の印を示すならば、その精神(心)・言葉(語)・身体(身)に渡って、あなたは自ら金剛薩埵そのものとなるだろう。この遍行の印を結ぶならば、あなたはすべての愛欲の主となり、安楽を得るだろう。そしてあなたは神通力と長寿と力と容色において誰よりも勝れ、それらの点で金剛薩埵と等しくなるだろう」「また永遠不滅に光り輝く心・言葉・身体をもってして、図のように順番に修習するならば、それらのめじるしや印契に対応した様々な金剛薩埵の偉大な効験(大薩埵)を達成することが出来るだろう。わたしは今、様々な道筋とそれを完成させる方法を説く。またそれを完成させる者たちの大いなる働きを順に説いて行く。初めは毎日、適正な時間にそれを習い修め、同時に作法(儀軌)に従い加持行に専念すれば、すべてを達成するだろう。それ以降は、望むように行じればよい」

{大印成就法広大儀軌}

次に大印を成就するための広大儀軌がある。「入我我入の境地の中で、儀軌に従って大印を結んで、目の前に金剛薩埵を出現させなさい。それを智慧の金剛薩埵と見て、自らの体の中に取り込むようにしなさい。行者はその薩埵を鉤で引っ掛け、羂索で強引に引き入れ、縄で縛り上げ、鈴の音で癒しながら支配し、体の内に取り入れることが出来るだろう。次に、このような心真言(フリダヤ)がある」

ヴァジュラサットヴァ アーハ ※金剛薩埵よ、アーハ※これは金剛入の心真言である。

ヴァジュラサットヴァ ドリシュヤ ※金剛薩埵よ、見よ※これは金剛薩埵を常に記憶しておくための心真言である。

ジャハ フーム バン ヴァン ホーホ ※じゃく うん ばん こく※これは金剛薩埵を鉤で引っ掛け、羂索で強引に引き入れ、縄で縛り上げ、鈴の音で癒し支配するためのの心真言である。

「サマヤス トヴァム(汝は三昧耶なり)という心真言を唱え、背後から月輪(発光エネルギー球体)に包み込まれる観想をしなさい。そして自らを三昧耶薩埵(印相)であると観想しなさい。サマヤス トヴァム アハム(汝は三昧耶なり、汝は我なり)と唱えながら・・。その三昧耶薩埵の印契を、自分自身であると観想しなさい。そうすれば、真言を唱えることによって、すべての印契を自分のものと出来るだろう。ジャハ フーム バン ホーホ(鉤・索・鎖・鈴)という心真言を念誦しながら、自らの体にすべてのブッダが入るように観想しなさい。心を喜ばせる遣り方によって達成されるのだから、この成就法は、他に比べようがないほど偉大である。ここでわたしは、以下のような諸尊の印契によって、その至高の金剛不壊の能力を説くだろう。それに従って、諸仏の力を引き出すことが出来たならば、その者はただちにブッダである状態に到達するだろう。

{四波羅蜜菩薩の大印}

金剛波羅蜜菩薩(薩埵金剛女)の印を自分のものに出来たならば、すべての印契女の主人となるだろう。宝波羅蜜菩薩(宝金剛女)の印を自分のものに出来たならば、すべての財宝の持ち主になれるだろう。法波羅蜜菩薩(法金剛女)の印を自分のものに出来たならば、ブッダの法を手にすることが出来るだろう。業波羅蜜菩薩(業金剛女)の印を自分のものに出来たならば、金剛不壊の能力を持つものとなるだろう。

{十六大菩薩の大印}

金剛薩埵は、薩埵金剛印を結ぶことで自らと一体になれる。金剛王菩薩(金剛鉤召)の印を結ぶことで、諸仏を己に引き寄せることが出来る。金剛愛菩薩(金剛愛貪)の印によって、すべての諸仏を愛欲に浸らせることが出来る。金剛喜菩薩(金剛善哉)の印によって、すべての諸仏を喜ばせることが出来る。金剛宝菩薩の印によって、すべてに仏の灌頂を授けることが出来る。金剛光菩薩(金剛威光)の印によって、すぐさまブッダの光に包まれることが出来る。金剛幢菩薩の印によって、あらゆる願いを叶えることが出来る。金剛笑菩薩の印によって、すべての諸仏と等しく笑うことが出来る。金剛法菩薩の印によって、すべては清らかであるという法を自分のものに出来る。金剛利菩薩の印によって、智慧の利剣を手にし、すべての諸仏の上に立てる。金剛因菩薩の印によって、法輪を回し衆生済度をする能力が身につく。金剛語菩薩の印によって、あらゆるブッダの言葉を使うことが出来る。金剛業菩薩の印によって、すぐにも衆生済度の働きを手に出来る。金剛護菩薩(金剛鎧)の印によって鎧を着れば、金剛不壊の身体となる。金剛牙菩薩(金剛夜叉)の印によって、あらゆる魔を調伏出来る。金剛印菩薩の印によって、あらゆる印契を自分のものに出来る。

{内の四供養の大印}

金剛嬉菩薩(金剛嬉戯女)の印によって、大いなる歓喜を手に入れられる。金剛鬘菩薩(金剛鬘女)の印によって、すべての諸仏から灌頂を授けられる。金剛歌菩薩(金剛歌女)の印によって、妖艶な金剛不壊の歌姫を手に出来る。金剛舞菩薩(金剛舞女)の印によって、すべての諸仏に供養される。

{外の四供養の大印}

金剛香菩薩(金剛香女)の印によって、世間のものを悦ばせることが出来る。金剛華菩薩(金剛華女)の印によって、世間を支配する魅力を手に出来る。金剛燈菩薩(金剛燈女)の印によって、仏眼を開くことが出来る。金剛塗菩薩(金剛塗女)の印によって、一切の苦を除くことが出来る。

{四摂の菩薩の大印}

金剛鉤菩薩の印によって、すべてのものを鉤で引っかけることが出来る。金剛索菩薩の印によって、すべてのものを索で引き入れることが出来る。金剛鎖菩薩の印によって、すべてのものを鎖で縛り上げることが出来る。金剛鈴菩薩の印によって、すべてのものを鈴で悦ばせ、自分の支配下に置ける。

{一切如来の金剛三昧耶印の智慧}

次は一切如来の金剛三昧耶印の智慧である。両掌を固く合わせて指を伸ばし、交互に交差させるのが金剛合掌である。その指を完全に握り合わせると、それが金剛縛である。すべての観想における印(三昧耶印)は、この印母である金剛縛から始まる。わたしはそれら諸々の観想における印(三昧耶印)を結ぶ仕方を説くだろう。まず金剛縛を結ぶ。薩埵金剛印を固くして、両掌の中指を合わせて芽が出た時のように立てる。これが大日如来の印である。次に伸ばした両の中指を、今度は内側に縮めるようにすれば、それは阿閦如来の印となる。金剛縛の状態から、中指と大指(親指)を宝の形にすれば、それは宝生如来の印となる。両の中指を蓮華の莟のような形にすれば、それは観自在王如来(阿弥陀如来)の印となる。同様にして、その両指の頭を完全に内側に向ければ、それは不空成就如来の印となる。
 {如来族の三昧耶印}

次にわたしは、如来族の三昧耶印(観想するための印)の結び方と、その到達した意義と効用を説くだろう。金剛縛にした両手を月輪の形にして、中指を離し、小指の面を付けないのは、金剛薩埵の印を顕わす。両手の指先を鉤の形にすれば金剛王菩薩の印。その状態で両手の各指の先端を合わせれば金剛愛菩薩の印。そこから弾指(指を鳴らす)しながら喜びの表情をすれば金剛喜菩薩の印。以上が阿閦如来の眷族である金剛薩埵以外の三菩薩の印契における一連の所作である。両手の大指(親指)を並べ立てて、その両の大指(親指)の先を合わせて宝形にすれば、それは金剛宝菩薩の印になる。その金剛宝印の状態で中指と無名指(薬指)と小指を光を放つようによく伸ばせば、それは金剛光菩薩の印になる。その金剛光印の状態で、小指と無名指(薬指)の先を合わせて幢のような形にすれば、それは金剛幢菩薩の印になる。その金剛幢印を反転させて背中をつけた形が、金剛笑菩薩の印になる。金剛縛から両の頭指(人差し指)を合わせて内に曲げるなら、それは金剛法菩薩の印になる。金剛縛から両の中指を伸ばして指先を剣先のようにすれば、それは金剛利菩薩の印になる。金剛利印の状態から両の無名指(薬指)と小指とを合わせて輪形にすれば、それは金剛印菩薩の印となる。金剛縛から両の大指(親指)を開いて口元に当てれば、それは金剛語菩薩の印になる。金剛縛を伏せて開き、小指と親指の面を合わせて内に曲げるなら、それは金剛業菩薩の印になる。この金剛業印の状態で両の頭指(中指)を伸ばし先端を尖らせ、そのまま胸に当てれば、それは金剛護菩薩の印になる。金剛縛から両の頭指(人差し指)を伸ばして先を曲げ、両の小指を牙のように開けば、それは金剛牙菩薩の印になる。金剛縛から両の小指を手の中に入れ、両の頭指(人差し指)を曲げて大指(親指)を押し付ければ、それは金剛拳菩薩の印になる。金剛縛から大指(親指)を合わせて胸につければ、それが金剛嬉菩薩の印になり、その印のまま両肘をまっすぐに伸ばせば、それが金鬘菩薩の印になる。金剛縛を解いて、指先で口元を散じれば、それが金剛歌菩薩の印になり、その両手を舞を舞うように頭上で合わせれば、それが金剛舞菩薩の印になる。金剛縛を下に向けて散じるなら、それは金剛香菩薩の印になり、合掌して上に散じれば、それは金剛華菩薩の印になる。金剛縛で大指(親指)を並べて押し付ければ、それが金剛燈菩薩の印になり、その印を解いて指をよく伸ばすなら、それが金剛塗菩薩の印になる。金剛縛から右の頭指(人差し指)を立てて、招くように動かせば、それが金剛鉤菩薩の印になり、金剛縛から両の大指(親指)を結び目のように絡ませれば、それが金剛索菩薩の印になる。金剛縛から大指(親指)と頭指(人差し指)を腕輪のように結べば、それは金剛鎖菩薩の印になり、金剛拳にした両手の頭指(人差し指)を合わせ立てれば、それは金剛鈴菩薩の印になる。

[成就法]

次にわたしは、これら諸尊の三昧耶(観想するための)印を完成させる最上の金剛成就法を、自らの心臓にいる大印と共に金剛薩埵の瞑想に入り、それによって説くだろう。ついでわたしは、これら三昧耶印の遣り方である、無上なる金剛業(効用)を説くだろう。それによってすぐさま、曼荼羅阿闍梨とその弟子たちに霊エネルギーを注入するだろう。曼荼羅阿闍梨が薩埵金剛印を結ぶならば、そこにおいて持金剛(金剛薩埵)に等しいものとなるだろう。金剛鉤召印(金剛王菩薩の印)を結べば、それだけで彼は一切諸仏を招集することが出来るだろう。欲金剛印(金剛愛菩薩の印)を結べば、彼は悟った者(正覚者)すら愛欲に浸らせることが出来るだろう。金剛歓喜印(金剛喜菩薩の印)を結べば、彼はすべての煩悩を克服した者(勝者)から「素晴らしい」と称讃されるだろう。宝金剛の印(金剛宝菩薩の印)を結べば、彼は諸仏によって智水を頭に濯がれる(灌頂)だろう。金剛日の印(金剛光菩薩の印)を結べば、彼はブッダに等しいエネルギー球体(円光)を有するものとなるだろう。金剛幢の印(金剛幢菩薩の印)を結べば、彼はすべての願いを叶えることが出来るだろう。金剛笑の印(金剛笑菩薩の印)を結べば、彼はすべての諸仏とともに笑うことが出来るだろう。金剛法の印(金剛法菩薩の印)を結べば、彼は堅固不滅に光り輝く法の菩薩となることが出来るだろう。金剛剣の印(金剛利菩薩の印)を結べば、彼はすべての煩悩を断ち切ることが出来るだろう。金剛輪の印(金剛因菩薩の印)を結べば、彼は曼荼羅の主催者となるだろう。金剛語の印(金剛語菩薩の印)を結べば、彼はすべてに輝き渡る堅固不滅の言葉を獲得することが出来るだろう。羯磨金剛の印(金剛業菩薩の印)を結べば、彼はあらゆる事象に働きかける堅固不滅の力を得ることが出来るだろう。金剛鎧の印(金剛護菩薩の印)を結べば、彼の身体は堅固不滅となるだろう。金剛牙最勝印(金剛牙菩薩の印)を結べば、彼はあらゆる悪しき魔を粉砕するだろう。金剛拳の印(金剛拳菩薩の印)を結べば、彼はすべての印契を支配することが出来るだろう。金剛嬉女の印(金剛嬉菩薩の印)によって、あらゆる喜悦を手にし、金剛鬘女の印(金剛鬘菩薩の印)によって、あらゆる豪華さ(荘厳)を得られ、金剛歌女の印(金剛歌菩薩の印)によって、その言葉は常に明瞭になり、金剛舞女の印(金剛舞菩薩の印)によって、あらゆる供養を得られる。金剛香女の印(金剛香菩薩の印)によって、世間を喜ばせることが出来るだろうし、金剛華女の印(金剛華菩薩の印)によって、美しく飾り立てる容姿となることが出来るだろうし、金剛燈女の印(金剛燈菩薩の印)によって、世間は清らかになるだろうし、金剛塗女の印(金剛塗菩薩の印)によって、天妙の香を放つことが出来るだろう。金剛鉤の印(金剛鉤菩薩の印)は、あらゆるものを引き寄せ、金剛索の印(金剛索菩薩の印)はあらゆるものを引き入れ、金剛鎖の印(金剛鎖菩薩の印)は、あらゆるものを縛り上げ、金剛鈴の印(金剛鈴菩薩の印)は、あらゆるものを癒して支配するだろう。

[法印]

次に、上記の印に対応する真言が説かれる。「ヴァジュラジュニャーナ(金剛智よ)という真言は、諸仏の金剛界を堅固にする。わたしはさらに法規(儀軌)に従って諸尊の真言(法印)を説く。サマヤス トヴァム(我は三昧耶なり)という真言を発音するなら、その人はすべての印契女の主となるだろう(金剛薩埵)。アーナヤスヴァ(汝は導け)という真言を発音するならば、その人は諸仏を鉤で招き入れるだろう(金剛王菩薩)。アホー スッカ(ああ、楽よ)という真言を発音するならば、その人は諸仏すらも愛欲の虜にするだろう(金剛愛菩薩)。サードゥ サードゥ(善哉、善哉)という真言を発音するならば、その人は諸仏を「素晴らしい」と喜ばせることが出来るだろう。スマハット トヴァム(汝は極めて大いなるものなり)という真言を発音するならば、その人はすべての諸仏によって智水を頭に濯がれる(金剛宝菩薩)。ルーボードヨータ(容色の輝きあるものよ)という真言を発音するならば、その人は法の威光に照らされるだろう(金剛光菩薩)。アルタプラープティル(利益の獲得があるもの)という真言を発音するならば、その人はすべての願いを叶えることが出来るだろう(金剛幢菩薩)。ハ ハ フーム ハ(ははははは)という真言を発音するならば、その人はすべての諸仏といっしょに笑うだろう(金剛笑菩薩)。サルヴァカリ(一切作者よ)という真言を発音するならば、その人はすべての諸仏によってあらゆる罪業を清められるだろう(金剛法菩薩)。ドゥッカチェーダ(よく苦を断ずるものよ)という真言を発音するならば、その人はすべての苦しみを切断することが出来るだろう(金剛利菩薩)。ブッボーディル(ブッダの菩提は)という真言を発音するならば、その人は曼荼羅の主催者となることが出来るだろう(金剛因菩薩)。プラティシャブダ(こだまよ)という真言を発音するならば、その人は諸仏とともに論談することが出来るだろう(金剛語菩薩)。スヴァシトヴァム(汝は完全なる支配者)という真言を発音するならば、その人はすべてのものに対して支配力を行使出来るだろう(金剛業菩薩)。ニルブハッヤス トヴァム(汝は畏れなきものなり)という真言を発音するならば、その人はその瞬間に畏れなきものなりになるだろう(金剛護菩薩)。シャトルム ブハクシャ(怨敵を啖え)という真言を発音するならば、その人はすべての怨敵を啖うだろう(金剛牙菩薩)。サルヴァシッディル(一切の悉地が)という真言を発音するならば、その人はすべての効験を顕わすことが出来るだろう(金剛印菩薩)。マハーラティ(大いなる歓喜)という真言を発音するならば、その人は天妙の歓喜をもたらし(金剛嬉菩薩)、ルーパショーブヘー(色っぽく美しい女よ)という真言を発音するならば、その人は同様の歓喜をもたらすだろう(金剛鬘菩薩)。シュロートラサウクフヤー(耳にとって悦ばしき女は)という真言を発音するならば、その人は楽をもたらすであろうし(金剛歌菩薩)、サルバプージャー(一切供養女は)という真言を発音するならば、その人はとても供養されるだろう(金剛舞菩薩)。プラフラーディ二(悦ばしめる女よ)という真言を発音するならば、その人は心を悦ばしめ(金剛香菩薩)、プハラアーガミ(果報をもたらす女よ)という真言を発音するならば、その人は果報を得られるだろう(金剛華菩薩)。ステージャアグリ(最上威光の女よ)という真言を発音するならば、その人は偉大なる威光を輝かせ(金剛燈菩薩)、スガンダアンギ(よき香ある女よ)という真言を発音するならば、その人は香あるものとなるだろう(金剛塗菩薩)。アーヤーヒ ジャーハ(きたれジャク)という真言を発音するならば、その人は鉤召するものとなり(金剛鉤菩薩)、アーヒ フーム フーム(アーヒ ウン ウン)という真言を発音するならば、その人は引入するものとなるだろう(金剛索菩薩)。へー スポータ バン(へー 鎖よ バン)という真言を発音するならば、その人は大いなる鎖となり(金剛鎖菩薩)、ガンター アハ アハ(鈴は アク アク)という真言を発音するならば、その人はよく鈴の音を鳴らすものとなるだろう(金剛鈴菩薩)。

[法印の成就法]

{羯磨印}

次に羯磨印を結ぶことによって相手を縛る所作(儀軌)がある。「金剛拳を固く握って、それによって引き込もうとするならば、両手を使いなさい。それを両手の金剛印にして、縛りなさい。まず左の人差し指(金剛指)が立てられ、その指を右手の金剛拳が握る。覚勝印(智拳印のこと)と名付けられたその印は、ブッダの悟りを顕わす(大日如来)。阿閦如来の印は触地印であり、宝生如来の印は施願印である。無量寿如来の印は定印であり、不空成就如来の印は施無畏印である。次にわたしは、羯磨印を略した形で説く。金剛薩埵以下の諸尊に金剛不壊の働きをもたらす(金剛業)、その羯磨印を。左手で金剛慢の印を結び、右手で金剛杵を振って勢いを示すのが金剛薩埵の羯磨印。右手に鉤を握るのが金剛王菩薩の羯磨印。両手で箭を握る姿勢を示すのが金剛愛菩薩の羯磨印。「素晴らしい」という印を心で顕わすのが金剛喜菩薩の羯磨印。両手を金剛拳にするのが灌頂の印であり、それは金剛宝菩薩の羯磨印。心に光明を顕わすのが金剛光菩薩の羯磨印。左手の金剛拳の上に右肘を立てるのが金剛幢菩薩の羯磨印。両手の金剛拳を口元に遣るのが金剛笑菩薩の羯磨印。左手に水(瓶)を持ち、右手で輝かせるのは金剛法菩薩の羯磨印。左手は心臓のところに置き、右手は剣を持つのが金剛利菩薩の羯磨印。炬(かがり火)を回して輪のようにするのは金剛因菩薩の羯磨印。両手の金剛拳を口元で前に開くのは金剛語菩薩の羯磨印。両手の金剛拳を舞うように回して、頬のところで解いて頭上に置くのは金剛業菩薩の羯磨印。甲冑の印は金剛護菩薩の羯磨印。両手の金剛拳の小指を曲げて牙のようにするのが金剛牙菩薩の羯磨印。両手の金剛拳を胸の前で押すのが金剛拳菩薩の羯磨印。金剛慢の印を結んで心を慄かせつつ礼拝するのが金剛嬉菩薩の羯磨印。華鬘を両手に繋げるのが金剛鬘菩薩の羯磨印。両手の金剛拳を口のところで開くのが金剛歌菩薩の羯磨印。両手を舞踏のように旋回するのが金剛舞菩薩の羯磨印。金剛拳を基礎にして、香華燈塗の各供養女(外の四供養菩薩)の羯磨印を結びなさい。すべての如来を供養するために、供養女の印が規定されるのだから。両手の金剛拳から、頭指(人差し指)同しを絡めて、小指を鉤のように立てれば、金剛鉤菩薩の羯磨印。左の肘を腰に当て、右の手に羂索を持てば、金剛索菩薩の羯磨印。両手の頭指(人差し指)を鉤のように引っ掛け合うと、金剛鎖菩薩の羯磨印。金剛拳にした状態で、背中合わせにすれば、金剛鈴菩薩の羯磨印である。

[羯磨印の成就法]

そこでわたしはそれら諸尊の印の成就法をとく。それらを結ぶことの功徳は、それら諸尊の堅固不滅に光り輝くダイヤモンドのような働き(金剛業)が、実際に可能になったことに等しいものである。まず、ダイヤモンドのように堅固不滅に光り輝くすべてものからなる金剛杵を、心臓の上に観想しなさい。次に述べるのは、羯磨印を結ぶことによる様々な働きであるが、それは諸尊に応じて多様にある。智拳印を結ぶなら、行者は仏智を証すことができる(大日如来)。阿閦の印を結べば、心は不動のものになるだろう(阿閦如来)。宝生の印を結べば、他者を引き入れることが出来るだろう(宝生如来)。正法輪印を結べば、法の輪を回すことが出来るだろう(阿弥陀如来)。施無畏因を結べば、速やかに生きとし生けるものの畏れを除くことが出来るだろう(不空成就如来)。金剛慢印を固く結ぶことで、金剛薩埵の安楽の境地を得るだろう(金剛薩埵)。金剛鉤印を結ぶことで、すぐにもすべての如来を招集出来るだろう(金剛王菩薩)。金剛箭印を結ぶことで、金剛貴妃すらも自分を愛するようになるだろう(金剛愛菩薩)。金剛喜印を結ぶことで、すべての勝れたる者から「素晴らしい」と賛嘆されるだろう(金剛喜菩薩)。大金剛摩尼印を結ぶことで、行者は諸師から灌頂されるだろう(金剛宝菩薩)。金剛日の印を結ぶことで、彼は太陽にように光り輝くだろう(金剛光菩薩)。金剛幢印を結ぶことで、彼は宝の雨を降らせることが出来るだろう(金剛幢菩薩)。金剛微笑印を結ぶことで、彼はいつでも諸仏と共に笑うことが出来るだろう(金剛笑菩薩)。金剛開華印を結ぶことで、彼は金剛不壊の法を会得するだろう(金剛法菩薩)。金剛剣印を結ぶことで、すべての苦を断ち切ることが出来るだろう(金剛利菩薩)。金剛輪印を結ぶことで、法の輪を回すことが出来るだろう(金剛因菩薩)。金剛語印を結ぶことで、すべてのブッダの言葉を自分のものに出来るだろう(金剛語菩薩)。金剛舞供養最上印を結ぶことで、諸仏すらも支配出来るだろう(金剛業菩薩)。金剛甲印を結ぶことで、その身を金剛のように堅固に出来るだろう(金剛護菩薩)。金剛牙印を結ぶことで、堅固なものも降参させることが出来るだろう(金剛牙菩薩)。金剛拳によってすべてを奪い、また堅固不滅の効験を得ることが出来るだろう(金剛拳菩薩)。金剛嬉印は歓喜をもたらすだろう(金剛嬉菩薩)。金剛鬘印は色気をもたらすだろう金剛鬘菩薩)。金剛歌印は歌唱力をもたらすだろう(金剛歌菩薩)。金剛舞印は舞踏の能力をもたらすだろう金剛舞菩薩)。焼香印は喜びをもたらし(金剛香菩薩)、華印は美しさをもたらし(金剛華菩薩)、燈印は光をもたらし(金剛燈菩薩)、塗印は自らを良い匂いにする(金剛塗菩薩)。金剛鉤印を結ぶことで、あらゆるものを鉤で引き寄せられ(金剛鉤菩薩)、金剛索印を結ぶことで、あらゆるものを羂索で引き入れ(金剛索菩薩)、金剛鎖印を結ぶことで、あらゆるものを縛り上げ(金剛鎖菩薩)、金剛鈴印を結ぶことで、あらゆるものを感動される(金剛鈴菩薩)ことが出来るだろう。

[諸儀則]

{一切の印に共通する結縛の儀則}

次にすべての印に共通する結縛の広大な儀軌(マニュアル)がある。その場合は、まず最初に金剛縛にした両手の指を心臓のところで鳴らして、次のような心真言を発音しなさい。

ヴァジュラバンダ トラット ※金剛よ トラット※

ついで、すべての印契の縛がある。それをするなら、堅固不滅に光り輝く自らの身体と言葉と心を支配することが出来る。ついで、金剛入の印を結んで、次のような心真言を発音しなさい。

アハ ※アク※

このように唱えれば、すべてにわたる諸尊は親友のように行者に寄り添うだろう。次に印契として表現される大薩埵(金剛薩埵)を思い浮かべながら、次のような心真言を唱えなさい。

マハーサマヤサトヴォー フーム ※大三昧耶薩埵なり フーム※

この心真言によって、すべての印契は達成される。以上が、すべての印契を得るための広大な儀軌(マニュアル)である。

{共通の成就法の儀則}

次に、共通の成就法の広大な儀軌(マニュアル)である。まず自分が結ぼうとしている印契を結縛して、次のような心真言を唱えながら、その印契に表現される薩埵が、自分自身に他ならない、と観想しなさい。

サマヨー ハム ※我は三昧耶なり※

次に、自分が結んだ印契に表現される薩埵が自分自身であると確信してから、次のような心真言によって霊エネルギーを注入(加持)しなさい。

サマヤサットヴァ アディティシュタスヴァ マーム※三昧耶薩埵よ、我を加持せよ※

このようにすれば、効験(悉地)を得ることが出来るだろう。

{悉地広大儀軌}

次は効験の到達(悉地)に至る大いなる儀軌(マニュアル)である。まず、諸尊の恩恵(利益)を受けようと願うならば、「アルタシッディ(利益の達成)」という心真言を唱えることによって、その修法(儀軌)を完成させなさい。このようにすれば、悉地の印契としての大印は、大いなる恵み(利益)を生むことになるだろう。また、堅固不滅な(金剛)悟りの完成(悉地)を得ようと願うなら、この「ヴァジュラシッディ(金剛悉地)」という心真言を唱えることによって、その修法(儀軌)を完成させなさい。このようにすれば、思うがままに堅固な悟りの効験を現わすことが出来るだろう。また、真言霊能者(持明者)の効験を得ようと願うならば、この「ヴァジュラヴィドヤーダラ(金剛持明者よ)」という心真言を唱えることによって、その修法を完成させなさい。このようにすれば、思うがままに真言の能力を発揮することが出来るだろう。また、この上ない境地を達成(悉地)したいと願うならば、自分が結んでいる印契の心真言を唱えることによって達成しなさい。以上が四種悉地の大いなる儀軌(マニュアル)である。

 {大乗現証百字真言}

次は、すべての印に共通する、自らの身・語・意をダイヤモンドのように堅固不滅に光り輝くようにする広大なる儀軌(マニュアル)を説く。もし印契のエネルギーが弱くなったように感じたり、あるいは嫌になって止めたくなったりしたら、次のような心真言を唱えることで、自らの身・語・意を堅固にすることが出来る。

オーム ヴァジュラサットヴァ サマヤム アスパーラヤ ヴァジュラサトバトヴェーナウパティシュタ ドリドー メー ブハヴァ ストーシュヨー メー ブハヴァ アスラクトー メー ブハヴァ スポーシュヨー サルヴァシッディム チャ メープラヤッチャ サルバカルマス チャ メー チッタシュレーヤハ クル フーム ハ ハ ハ ホー ブハガヴァン サルヴァタターガタヴァジュラ マー メー ムンチャヴァジュリー ブハヴァ マハーサルヴァサトヴァ アーハ※金剛薩埵よ。我をして三昧耶を護らしめよ。金剛薩埵として我が傍らにとどまれ。我にとって堅固であれ。我にとって喜ばしきものであれ。我にとって我に染められたものであれ。我にとってよく我を盛り立てるものであれ。そして、すべての効験(悉地)を我に与えよ。そしてすべての働き(業)において、我に心の幸福をもたらせ。フーム ハ ハ ハ ホー世尊よ。一切如来金剛よ。我を棄てることなかれ。金剛堅固であれ。大三昧耶薩埵よ。アーハ※

この真言を唱えれば、例え無間地獄に堕ちるような悪事を働こうと、すべての如来をあざむこうとも、正法を破壊するものであっても、このような悪業をなすものであっても、すべての如来の印契を成就することが出来るから、それによってその身・語・意は金剛薩埵のように堅固になり、まさに彼の一生の中で望むがままのすべての効験(悉地)、最上の効験(悉地)、堅固不滅に光り輝くダイヤモンドのような効験(悉地)、あるいは金剛薩埵の効験(悉地)を獲得するだろう、とは、すべての如来の集合エネルギーである世尊・金剛薩埵が仰せられたことである。

{解印・供養(四智梵語)・發遣の儀則}

次に、すべての印契を解く広大な儀軌(マニュアル)がある。まず最初に、おのおのの印契の効力を、次のような共通の心真言によって解きなさい。

ヴァジュラ ムフ ※金剛よ、ムフ※

ついで心臓より現れた金剛宝の印を、自らの灌頂所に安置して、智水を灌ぐ儀式(灌頂)を行い、両手の頭指(人差し指)で華鬘の印によって、その金剛宝の印に華鬘を懸ける動作をしながら、次のような心真言を唱えつつ、甲冑の印を結びなさい。

オーム ラトナヴァジュラ アビシンチャ サルヴァムドラーム メー ドリディークル カヴァチェーナ バム※オーム 金剛宝よ。すべての印契を我に灌頂せよ。甲冑によって我を堅固にせよ※

ついで被甲の印を解いて、華鬘の印も解いてから、改めて合掌し、次のような心真言によって喜ばせなさい。

ヴァジュラトゥシュヤ ホーホ ※金剛歓喜よ ホーホ※

この所作によって、印を解くにも、また結ぶ時にも、印契を喜ばせることが出来る。それによって行者の身・語・意は金剛のように堅固になり、さらには金剛薩埵の状態と同じになる。一度でもこの心真言を唱えたなら、金剛薩埵と等しいものになり、そして彼は望むがままに、安楽の境地を達成する。それは金剛手(金剛薩埵)の言葉である。金剛薩埵を始めとするすべての霊験達成法(成就法)の作法(業)において、いつでもこの心呪を唱えるならば、すべての修法マニュアル(カルパ)を完成(悉地)することが出来る。そしてそれらが、心呪や印契や真言や明(ダラーニなど)のうち、心に適った道理(理趣)に従って行うなら、マニュアル(カルパ)の中で説なえられているものであるにせよ、あるいは自分の発想で自由にするにせよ、どんな場合でも必ず達成(悉地)する。次に供養のための秘密の印契を結びつつ、四種秘密供養を行うべきである。すなわち、次のような金剛讃歌(四智梵語のこと)を歌いながら・・。

オーム ヴァジュラサットヴァサングラハード ヴァジュララトナム アヌッタラムヴァジュラダルマガーナイシュ チャ ヴァジュラカルマかロー ブハヴァ※オーム 金剛薩埵を受け入れることによって、この上なき金剛の宝を我に与えよ。そして諸々の金剛法の詠歌によって、汝は金剛の働きを成すものであれ※

次に、内の曼荼羅(観想によって描き出す曼荼羅)においてもまた、この金剛讃歌を歌い、金剛舞を舞い、両掌を合わせて器の形にして、普供養の印を結び、焼香などによって供養しなさい。それから、外の曼荼羅(実際に曼荼羅を描くこと)において、焼香などの様々な供養をして、各自の本来の位置に着きなさい。そうしたら、各自、でき得る限りの全力を尽くして供養しなさい。すべての如来へ向けて啓白(ブッダを尊敬する文書)を読み、焼香などによって自分が良いと思えるまで供養し、そうして如来たちが道場に入ってきたなら、自分の出来る範囲で美味しい食べ物や楽しみ、あるいは大曼荼羅を描くにあたっての宝具などによって満足さなさい。そうしたなら、金剛薩埵に等しい阿闍梨は、その人にすべての如来の霊験の完成(悉地)をもたらす誓いの言葉(誓戒)を与えるだろう。
「これはすべてブッダの身体である。それは今、我、金剛薩埵の手にあり。汝は常に、この金剛手(金剛薩埵)の誓いの言葉(誓戒)を忘れずに心に持っているべし。

オーム サルヴァタタギャタシッディーヴァジュラサマヤ チシュタ エイシャ トヴァーム ダーラヤーミ ヴァジュラサトヴァ ヒ ヒ ヒ ヒ フーム※一切如来の霊験を達成する堅固不滅の悟りの境地(サマヤ)よ。確立せよ。我はまさに汝を持せん。金剛薩埵よ。ヒ ヒ ヒ ヒ フーム※」

それから阿闍梨は、その壇に臨んだすべてのものに、これは誰にも語ってはならない、という誓いの心呪を説くだろう。次に阿闍梨は、この壇場に入って来たすべての如来たちを撥遣(魂を抜く作法)をして、次のようなブッダを尊敬する文書(啓白)を読みなさい。そして金剛薩埵を結んで、上に向けてそれを解き、次のような心呪を唱えなさい。

オーム クリトー ヴァハ サルバサトヴァアルタハ シッディル ダッター ヤターアヌガー ガッチャドヴァム ブッダヴィシャヤム プナルアーガマナーヤ トゥ ヴァジュラサトヴァ ムフ※オーム あなた方によってすべての功徳が成されたり。望むところの霊験(悉地)が与えられたり。ブッダの世界に一旦は帰りたまえ。再び来て頂くために。金剛薩埵よ ムフ※

すべての曼荼羅作法において、このようにすべきである。様々な悟りの境地に至る最勝の作法においても、儀軌(マニュアル)には同じように説かれている。

金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経

金剛界広大儀軌品

【完】

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